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女が3人集まると姦しい



 暑い。8月もお盆を過ぎて、暦的には残暑となるはずも、現実の実感値としては夏真っ盛り。どこら辺が残暑なんだ? と連日の猛暑日を伝えるニュースに問いかけたくなる。とりわけ今日は特に暑い。いや家に居るのだから、実際はエアコンも節電なんのその、設定温度25度で動いているし、体感温度は暑くないのだが、心理的に、そう、精神的な暑苦しさを感じていた。

「えぇ~、イケメン~ お名前はなんて言うんですかぁ?」

 暑苦しさの原因Aが語尾を伸ばして近寄ってくる。いかにも男を意識したその態度は俺の苦手とする分野をまっしぐらだった。

「あんたね、春奈の彼氏に色目使うんじゃないよ」

 暑苦しさの原因Bは冷静な態度装っていたが、それでも横目でチラチラと覗いてくる。気を使ってるのはわかるのだが、好奇心を隠しきれてないぞ。

「ちょっと、岩崎君はそんなんじゃないってば」

 暑苦しさの原因C、もとい、野島が困惑した表情で2人を俺から遠ざける。


 俺はなぜか俺の家で開催された女子会の真っただ中に立たされていた。こうなることは彼女らがくる直前まで知らされることは無かった。


「ゴメン!」野島は手を合わせて必死に頭を下げている。

「何が?」

「こないだの居酒屋の前での一件を見られてたらしくて、同僚の女の子があたしの新しい彼氏を見たいって言い出して」

「はぁ?」

「あたし何度も断ったんだけど、その、結局、断りきれなくて……」

「はぁ?」

「その……今から来るそうです」

「はぁぁ?」


 これがつい30分前の会話。その30分後の今現在、俺は女の子2人に好奇の目を向けられて精神的な圧迫感をこれでもかと言うほどに受けている。

 ソファに座っている俺の隣をノブナガが離れようとしない。体こそ俺に預けてはいるが、目は突然現れた得体のしれない女に釘付けで、いつでも逃げられるように全身から警告音を発していた。

わかる。わかるよノブナガ。きっとあれは男が警戒するオーラってやつだ。女が集まると発生する集団オーラだ。気をつけろよ、アレは手ごわいぞ。と心の中でノブナガに注意を発する。ノブナガは言われなくてもわかっている、と言った感じで俺に一瞥をくれると、すぐにワイワイと騒ぐ女達に目を戻した。


「彼氏さんもこっちに来てくださいよぉ」

 暑苦しさの原因Aは佐伯と言った。歳は俺と野島よりもだいぶ下で、幼い顔立ちとその顔に似合わぬスタイルは男うけすること間違いなし。と言った感じだ。恐らく本人もそのことをわかった上であのキャラクターを作り上げていると思われた。


「ごめんなさいね。この子がどうしてもってきかなくて」

 暑苦しさの原因Bは児島と言った。切れ長の一重まぶたは、決して美人とは言えなかったが、涼しげな口元や、腰まであろうかという艶やかな黒髪は日本の美をそのまま具現化したと思わせる、なんとも古風な美しさを漂わせていた。年齢は若干はぐらかされたが、周りに配慮する姿勢は彼女の歩んできた人生の深さをにじませていた。が、やっぱりそこは女の子か、友達の新しい『彼氏』には目がないらしい。全身から好奇心があふれ出ている。


「どこで知り合ったんですかぁ?」

佐伯は遠慮と言う言葉を知らず、持ち前の人懐っこさでグイグイと迫ってきた。あの、胸当たってますけど。と言わないのは俺も男だからか。

「高校の同級生だよ。最近再開して、な」と野島に目配せをする。

「え? あ、うん」

野島は佐伯の行動が気になるのか、必要以上に俺に近づいてくる佐伯から目が離せないようだった。この子が俺の毒牙にかかるとでも思っているのだろうか?勘弁してくれよ。と心の中で溜息をつく。

「え~、運命の再開みたいじゃないですかぁ」何が嬉しいのか、佐伯はすごーい。と感嘆の声をあげて俺の腕にじゃれついた。警戒域の狭い子だな、と思う。この調子でくっつかれたら、たいていの男は勘違いしてしまうだろう。

「そんなんじゃねぇよ、なあ、野島」

なかなか離れてくれない佐伯を何とかしてもらおうと、目で野島に助けを求める。コラこいつを何とかしろ。

 野島は俺の視線に気づいたはずだが、何も言わずに眉をひそめ、俺をじっと睨んだ。

「ほらほら、離れなさい」見かねた児島が俺から佐伯を引きはがす。「えぇ? なんでぇ」と不満げに文句を言う佐伯を横目に、俺はさりげなく距離を置いた。

「お仕事は何をなさってるんですか?」と今度は児島からの質問だ。

どうして女ってのは、友達の彼氏の職業を知りかがるんだろう。その質問はうんざりだ。と頭の中で嘆きつつ、笑顔で答える。思っていることを顔に出すほど子供じゃない。

「インテリアデザイナーって言ったら聞こえはいいかな。簡単に言っちゃえば、簡易リフォーム屋ってとこだよ」

 野島の同僚たちは「おお、」と声をもらし、同時に目を怪しく光らせた。あ、品定めしてる。と気付く。さすがにこの年になると女の子の仕草一つで色々なことがわかるようになるもんだ。そうすると次の質問は決まって。

「カッコイイですねぇ。お給料とかもいいんでしょ」と来る。こんなことを簡単に訊く女の子ってもの、恐いな。野島も友達考えた方がいいぞ。と、ちらりと伺うが、当の野島は心ここにあらず、と言った表情で質問攻めにあっている俺を、まるで遠くの景色でも見るような目で見ていた。

「そんなにもらってないよ。個人経営の小さなオフィスだからね。好きでやってるだけだって」

角が立たないように謙遜する。実際は一般的な平サラリーマンよりは多くもらっている。と思う。たぶん。

 そろそろ助けてほしいんですけど。横目でチラチラ目配せをすると、何回目かでようやく野島に伝わったのか「なんか飲む? 岩崎君ちょっと手伝って」とあわてて俺を台所へと押しやった。


 ようやく質問攻めから解放された俺は、台所の陰で、ばれないように小さく深呼吸した。隣で怪訝な顔をして見つめる野島の目に、狼狽を悟られないようにひとつ咳払いをして

「まいったよ。なんでああも質問攻めにするのかね」と視線をずらした。

野島は「ふ~ん……」と間延びした声を出すと「佐伯ちゃんに迫られてまんざらでもなかったくせに」と言った。

「ああ、あの子ね。あの感じはFカップかな」

「ふん、どうせあたしは貧乳ですよ」

「お前の貧乳は今に始まったことじゃないだろ」

「うるせ、バカ」

 野島は冷蔵庫からコーラとウーロン茶を取り出すと、勢いよく扉を閉めてリビングへと戻って行った。



 女の子の話ってのは終わりがないのかね。と暗くなった空を眺めてノブナガに呟く。膝の上でのどを鳴らす灰色の生き物はリビングから聞こえる話声にもだいぶ慣れたようで、今やすっかりおねむのようだ。

「――そろそろ帰らなくちゃ」と声を出したのは児島だった。彼女は特徴的な長い髪をふわりとなびかせて、椅子から立ち上がると「帰ってご飯作ってあげないと、怒るのよね」と笑った。

 一人が帰ると言い出せば、おのずともう一人も帰ろうか、と言うことになり、礼儀的に俺は二人を玄関まで見送った。

「じゃあ春奈。また明日ね」

「いいなぁ、あたしも彼氏欲しいぃ」

 二人ともキャラクターに見合った言葉を残してドアの外へと消えて行った。

 手を挙げたまま玄関に残された俺たちは、どちらからとでもなく大きなため息をついて、お互いを見合わせた。



「……今日は悪かったね。いきなり押しかけちゃって」野島は食後のコーヒーをすすりながら小さく謝った。

「ああ、いいよ。別に」

テレビを見ながらそっけなく答える。初めこそは疲れもしたが、今となってはそれほど気にもしていなかった。野島が家に来た時点である程度騒がしいのは覚悟していた。

「で?」

 野島はソファでくつろいでいた俺の横にストンと腰を下ろすと、顔を近づけて好奇の目を向けた。

「なんだよ」

「どっちが好み?」

「はぁ?」

「やっぱり佐伯ちゃん? 男にはあの巨乳はやっぱり魅力だよね。あ、それとも児島のほうかな、ちょっと冷たい印象あるけど、典型的な日本美人って感じが可愛いよね」

「なにバカなこと言ってんだよ」

 好みも何も、あの佐伯の男を意識した態度は嫌いだったし、児島には彼氏がいるんじゃないのか? それ以前に児島もどっちかと言うと俺のタイプではない。まぁ、セフレとしてなら、いいかもしれないが。

「いいじゃん、教えてよ。どっちがいいの? それによってはあたしから言っておいてあげるから」

「バーカ。どっちも何も、そんな目で見てねぇよ。お前の友達だろうが」

 そう言うと野島は「ふ~ん」といかにも納得してませんと言った目を向け「岩崎君、女の子好きなんじゃなかったっけ?」と冷ややかに言った。

「女が嫌いな男なんて、男全体の20%もいないぞ。そりゃあ女は好きだけど、それとこれとは話が別だろう。お前の友達に手は出せねぇよ」と、言うと、野島は「あ、そう」とつまらなそうに顔を離して背もたれに寄りかかった。


「お風呂入ろうかな」と言って野島が立ちあがったのは、10年以上続く土曜日の夜の定番お笑い番組が始まった頃だった。

「風呂入るんなら、明かりは点けたままでいいぞ」

背中越しにバスルームへ向かう野島に声をかける。すると「なんだったら一緒に入る?」などと言うものだから、俺はあわてて振り返った。野島はいたずらを仕掛けた子供のように意地の悪い笑顔を俺に向けている。

「……お前な、そんなことばっかり言ってると、ホントに襲うぞ」

「いいよ。岩崎君なら」

「犯してほしいのか?」

「出来るもんならね」

 バカにされた気がして少し腹が立った。ちくしょうホントに犯すぞ、と心の中で叫ぶ。

「バカなこと言ってないで、早く入ってこい!」

腹にためた怒りを、腹筋に力を込めて押し殺す。野島は、あはは、と軽快に笑ってバスルームへと消えて行った。

何を考えてるんだあいつは。と怒りの矛先を探しながら、いたずらとわかってはいるが、あの調子で迫られたら、いつまでも理性を保っていられないな、と思った。





続く

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