聖なる夜に奇跡は起きない
個展会場は、事前に送ったレイアウト通りに配置がなされていて、俺が手直しする場所はほとんどなかった。
壁にデコレーションを施し、入口わきに背の高いコートハンガーを配した。狭い会場だったので、実際の部屋に近づけるように配置した家具類の合間には小さいインテリアをあちこちにちりばめてある。
ただ、メインとなる家具を置くはずの真ん中だけ、ポカンと空間を開けていた。
「岩崎さん、間に合わないんですか?」
木ノ下は気が気ではない様子で、ポッカリ空いたスペースの中で泣きそうな声を出した。
「ごめんなさい、一応制作には取りかかってるんですけど、初日には間に合うかどうか」
小さく頭を下げると、木ノ下はお願いします、と懇願した。
「メインがなくちゃ成功しませんよ。来てくれたお客様に申し訳が立ちません。ホントにお願いしますよ」
あの日、野島と別れた後オフィスに戻ると、俺はすぐにパソコンに向かい、椅子のデザインを描き上げた。オフィスに他のメンバーの姿はなく、一人だけ残っていた聡美に「何かあった?」とやけに心配された。それほど顔に落胆が出ていたのだろう。「なんでもない」と強がっては見せたものの、強引に飲みにつれて行かれた。変な所に気がつく聡美の優しさには、正直助けられた。
メインの椅子は『いつまでも座っていたくなる椅子』
フリック・スタークの椅子に座ってはしゃいでいた野島を想ってデザインした。当の野島には見せる機会はなくなったが、それを作ることで俺の中に一定のけじめをつけることにした。
材質にこだわった為に完成は遅れていたが、初日に間に合わなくても、2日目には出来あがるはずだった。
「入口にメイン不在と入れておきましょうか?」とふざけ半分、本音半分で提案すると木ノ下は本気で睨んできた。まだ付き合いは短いが、彼女のこういう性格は嫌いじゃなかった。
今までお世話になった人や、俺が手掛けた顧客、同じ建築学を学んだ友人などに招待状を送り、後は初日を迎えるだけとなった。メインの不在はこの際、横に置いといて。
いるのかどうか判然としなかったが、一応野島にも招待状は送った。来れないことは承知の上だったが、礼儀というか、これも一種のけじめだ。
「おぉ、すごいね」
入口から声がして振り返ると、驚いた表情で山田が会場を見渡していた。
「いいなぁ個展。羨ましいよ」
「お前もそのうちできるさ。実際お前の方が仕事多いんだから。どうした?」
「いや、今日の忘年会。岩さん来れるかなって。聡美さんが気にしてたからさ、様子見に来たんだけど」
オフィスは今日が仕事納めで、毎年恒例で仕事納めの日に忘年会をすることになっている。全員参加がオフィスのルールだったが、今年は行けそうもない。何しろ明日が初日なのだ。その旨を伝えると山田は「仕方ないよね」と一言呟いた。
「そう言えば、野島さんとは会ったの?」
「ん? ああ……会ったよ」
「個展のことも伝えたんだ? 来ると良いね」
「何言ってんだバーカ。みんなによろしくな」
何も知らない山田は、きっと俺と野島がうまくいくように願っている。そのやさしさが、今は少し苦しかった。
「じゃあ、明日はよろしくお願いします。絶対成功させましょうね」
出入り口に鍵をかけ俺の方へ向き直り、木ノ下は意気込みを強くした。メインの不在はこの際棚上げにしたらしい。さすが『考えるよりまず、実践』の木ノ下だ。頭の切り替えが早い。
俺は笑顔を返して「コチラこそ、よろしく」と固く握手を交わした。
始まってみると、初日は招待客がメインで、皆俺の性格を知っているせいか、メインが不在なのも「俺らしい」と笑ってくれた。学生時代の友人なんかは「どうせ何も思い浮かばないまま、実はメインはありませんでしたってオチだろ」とバカにする始末だ。もちろんそれが悪意のある冗談ではないことは百も承知なので、「実はそうなんだよ」と冗談で返してやった。
一応記念だから、と並んでサインをまつ知人たちに一人一人お礼を言いながらサインをしていると、椅子の制作をお願いしていた工房から完成の連絡が入ったらしく、木ノ下が裏で大げさに安堵していた。
夜になり、会場を閉めるのを待って搬入が行われた。と言っても椅子ひとつなので、トラックから降ろされた椅子を一人で運んだだけだが。
真ん中に開けられたスペースに布に包まれたままの椅子を置くと、横で見ていた木ノ下が「早く見せてください」と目を輝かせた。ああ、そう言えば俺の作品のファンだって言ってたな。
慎重にひもをほどいて、布を一気に引きはがすと、イメージしていた通りの椅子がそこにあった。
カーボンのフレームに背骨のラインに沿うように緩やかなカーブをつけた座面はグラスファイバーの帯で強度と弾力を持たせてある。腰を下ろすと、身体の重みで頭の先からつま先まで理想的な形でフィットするように設計してある。繊維の都合上、染色の選択肢が少ないのが難点だが、黒で統一したこの椅子は、まさに思い描いていた通りだった。
「わぁ……カッコイイですね、コレ。座ってみてもいいですか?」
木ノ下は実際に目にした椅子に待ちきれないと言って感じで、手を伸ばした。
「どうぞ、思ったより沈むと思うから、気をつけてね」
恐々と椅子に腰を下ろすと、椅子は木ノ下の体重を受けて、わずかに歪んだ。それこそ狙い通りで、土台から浮かせた本体フレームがファイバーの弾力で自然と身体を包むように曲がる。恐らく座っている本人は――
「すごい、包み込まれてる……」
と言った感じか。思い通りの出来に、座った木ノ下はうっとり表情を浮かべた。
「あれ、あたしが買いたいです」
木ノ下は会場を出るとまじめな顔を向けて、あれいくらですか? と訊ねた。
「いや、売るとしたら、たぶん十五~六万くらいになっちゃうけど」と言うと、木ノ下は少しばかり逡巡して
「やっぱり、誰も買わなかったら、最終日にあたしが買います」と鼻息を荒くした。
元々は野島の為に作った椅子だが、本人に見てもらう機会を失った今、同じ女性にこれほど喜んでもらえるのは正直に嬉しかった。だから俺は二つ返事で「いいよ」と快諾した。
次の日はクリスマスイブということもあって、得体のしれない男の個展に足を運ぶ人の数は少なく、俺は暇を持て余していた。
「木ノ下さん、すげぇ暇なんだけど」
「初めての個展なんてこんなものですよ。一日に20人来てくれれば良い方です」
「こんなんで成功と言えるの?」
「それは終わってみなきゃ解りませんよ」
狭いギャラリーも客の数が少ないと広々としていて、自分の作った作品に囲まれていると、自分自身が見世物になっているような気がして、バカらしくなってくる。
お客さんの手前必死にあくびをこらえながらぼーっとしていると、見知った顔が入ってくるのが見えた。
「あ、岩崎さん、来ましたよ~」明るい声を出して手を振るのは、オフィスのかわいさ担当の篠原だ。
「お久しぶりです。個展開催おめでとうございます」と堅苦しい挨拶をするのは、篠原の彼氏でもあり、飲み友達の吉田の後輩でもある、三浦だ。
「よう、お前ら。招待状は持ってきたか? あれがあれば粗品くらいは渡すぞ」
「もちろん、持ってきましたよ。先輩の晴れ姿だもん。来ないわけにいかないですよ」
篠原はバッグから二人分の招待状取り出すと、勢いよく、はい、と突き出した。
「さっき連絡したら、山田さん達も後で来るって言ってましたよ」
「そっか、おう、お前たちも気に入ったのがあったら、買って行って良いんだぞ」
あきれ顔を見せる二人にごゆっくりと言い残して、裏に粗品を取りに行く途中で、二人があの椅子を見て「コレいいね」と言ったのが聞こえた。結構評判いいな、とまんざらでもない。もちろんその後「うわ、高いよ」と三浦が言ったのは聞き逃さなかった。
「じゃあな。ありがとな」
その後オフィスの面々が集まった会場はさながら小さなパレットと化し、気がつけば退屈のしない一日となっていた。帰るメンバーを入口まで見送ると、すっかり日も落ちかけていて、薄着の身体に身を切るような寒さがこたえた。
みんなが帰ると、とうとうギャラリー内には俺と木ノ下の二人だけになってしまった。
「さみしいクリスマスになっちゃったね」と俺に付き合って仕事をする木ノ下を労う。
「良いんですよ、どうせ一緒に過ごす人もいないんですから」
木ノ下は自分を卑下するでもなく、淡々と言った。
「欧米じゃ、セイントクリスマスってこの日だけは奇跡を信じるのにね」
「奇跡なんて起きませんよ。そんなもの信じてたら目の前にあるチャンスにも逃げられます」
木ノ下は、女にしては珍しく考えがドライで、それが妙に面白い。俺はどうしたらこの女からロマンチックな答えが引き出せるのか試してみたくなった。
「じゃあ木ノ下さんは奇跡を信じないんだ」
「もちろんです」きっぱりと言い切った。
「木ノ下さんは恋人とか、好きな人とかいないの?」と訊ねると、ほんの少しだけ考えるそぶりをした後「いませんよ」と目をそらした。
もちろんそのそぶりを見逃すわけもなく、これは何かあると踏んだ俺はたたみかけるように言葉をつなぐ。
「じゃあ、もしだよ? もう会えないと思っていた好きな人から、今日連絡があって、そしてさらに会えたとしたら、それは奇跡じゃない?」
「そんなこと……あり得ませんよ」と答える木ノ下にも遠からず心当たりがあるようだ。
「連絡してみたら? いるんでしょ会いたい人」
どうして岩崎さんにそんなこと解るんですか? と木ノ下はとってつけたように慌てだした。まる出しの癖に、と苦笑する。
「俺にはもう奇跡は起こらないことは知ってるから。だからせめて身近な人に奇跡が起こって欲しいのかも。でもね、奇跡は願わないと起こらないよ。そして願うだけでもダメなんだ。行動しないと。……きっと気づいてからじゃ遅いんだよ。迷ってることがあるならやんなきゃだめだ。木ノ下さんの座右の銘は『考えるよりまず、実践』だろ? 連絡してみなよ。きっと奇跡は起きるから」
言いながらきっと俺は、自分がした後悔を木ノ下には味わってほしくないんだと思った。
俺も、本心から奇跡なんて信じていない。でも心の奥の方で人生に一回くらい、奇跡が起きたって良いじゃないかと、思う自分がいることも否定はしない。それはうまくいかない人生に対する反抗と言うか、出来るもんなら奇跡を起こしてみやがれ! と神様を挑発するような感じだった。
今日はもう終わりにしよう。と会場の明かりを落として、外に出て入口に鍵を閉める。息を白く残しながら、木ノ下は電話してみますと携帯を取り出した。
「岩崎さんに言われたからじゃありませんからね」と照れ隠しに口をとがらせる木ノ下は本当は誰よりも奇跡に憧れているのかもしれないと思った。きっと好きな映画のジャンルは恋愛だ。
願わくば、携帯越しの相手にかわいい顔を見せるこの子に奇跡を起こしてくれ、とそれほど信仰があるわけでもない神様に願う。俺の分の奇跡を分けてやってくれよ、と。
行ってきます。と明るい笑顔を残した木ノ下を見送って、暗くなった会場を振り返った。
「……やっぱり、来ないよな」
呟いた独り言は白い煙となって闇に消えた。
日が落ちたばかりの街は街全体がクリスマスを祝っていて、一人で歩く人間はひどく滑稽に思えた。今日という日に一体どれだけの人達が神様に祈るのだろう、ふと考えてみたが、すぐに頭の中の俺が「どうせ神なんて信じてないくせに」と揶揄する。ああ、その通りだよ。神なんていないし、奇跡なんて起こらない。
冬になると街路灯の明かりが冷たく感じるのはなぜだろう、などと考えながら、自宅のあるマンションに帰ってくると、玄関ホールに申し訳程度のイルミネーションを誰かが施していて、ここもかと、少しうんざりした。
玄関を開けると、いつものノブナガのお迎えがなくて、がっかりした。今日は猫にも見放されるのかと、今日ばかりは考えがネガティブになっている自分が可笑しかった。
「ただいま~。ノブナガ~どこだよ~」せめて声に反応してくれないかと、呼びかけながら、寝室に荷物を放り投げてリビングの明かりを点ける。
「よう、あの椅子。いくらだい?」
暗闇から突然声をかけられて、文字通り飛び上がるほど驚いた。いるはずもない場所に、いるはずもない人の声がしたからだ。
「の……野島?」
「そんなに驚いた?」
ベッドの陰から顔を出したのはまぎれもなく今頃博多に居るはずの野島だった。
「なんで居るの?」
思いもよらない出来事に遭遇すると、人間ってやつは言葉をひねることができなくなるらしい。本来なら「ドッキリかよ」であるとか「俺もとうとう生霊を見るようになったか」であるとか「ほう、良くできたロボットだな」であるとか、冗談の一つや二つは出るものだが、俺の口から出たのは、なんのひねりもない本音だった。
「え? 行かなかったから」飄々と答える野島は、驚く俺と対照的に、キョトンとした顔をしていて、突発的な苛立ちがこみ上げてくる。
「はぁ? だってお前こないだ行くって言ってただろうが」
「ああ、あれ、嘘だから。だって博多遠いんだもん」
「ふざけんなよ、お前。俺がどれほど――」後悔したか、と言いかけて俺は慌てて口を塞いだ。落ち着け俺。
一つ深呼吸をして、気を落ち着ける。
「何? 言いかけて止めんなよ」
「……お前、遅いって泣きそうだったじゃねぇか」
「遅いんだよ岩崎君。ずっと前に『移動になるかも』って言ったときから行って欲しくないって顔してたくせに」
野島は意地悪く目を細めて顔を覗き込む。まるで俺の考えなど全てお見通しと言わんばかりに。
「だ、誰がそんなこと……せいせいしたと思ってたのによ」
「はいはい、あたしに嘘つけると思うなよ。長い付き合いなんだから。岩崎君の癖くらいもうずっと前から知ってるの」
「なんだよ、癖って」今まで誰にも指摘されたことのないことを指摘されて、心臓が縮まった。
「岩崎君は嘘つくとき、必ず目をそらす。それも決まって右側にね」
「そんなことあるわけねぇよ」と言った自分が気付くと右方向を見ていることに自分で驚いた。
「意地はらないの。今日はクリスマスなんだから。素直になろうよ」
穏やかな目でまっすぐ見つめる野島は、じゃああたしから。と言って小さく手を上げた。
「ホントは、岩崎君に話した後、すぐに移動の話は断ったの。あの顔見ちゃったら離れたくなくなっちゃったんだもん。この素直じゃない悪友からね。向こうに行ったら最低でも2年は帰ってこれなくなっちゃうし、その間に岩崎君に恋人ができるかもしれないのは、我慢できなかった。せめて、あたしにもチャンスが欲しいなって思ったら、もう断ってたんだよね」
言い終わった後、とってつけたように野島は目を伏せ、顔を赤くした。ホラ次は岩崎君の番。とせわしなく手を動かして必死に照れ隠しする姿が不覚にもかわいいなと思った。
記憶にある限り、初めての野島の素直な言葉に感化されて、というわけでもないが、とても逃れられる状況でもないと、舌打ちまぎれに腹を決めて「気がついたのは――」と話し始めた。もうどうにでもなれ、だ。
「お前が泣いた日だな。あの日初めてお前のことを大事に思ってるんだって気付いた。けど、どうにも認められなくて、高校の頃からの友達だから大事なんだって言い聞かせてたんだと思う」
顔が熱い。頼むから赤くなっていないでくれよ。野島の前で酒もなしに赤い顔なんて見せられるか。
「それで?」野島は食い入るように話の続きを促す。ああ、もう全部言っちまうか。
「お前が出て行ったあと、しばらくはベッドで寝るのが辛くてな。お前の匂いが取れなくて、どうしても思い出した。たった数週間だったけど、楽しかったんだなって。そりゃ初めはふざけんなって思ったよ。でもそれもすぐになくなった。最後は出て行くお前が惜しいとさえ思ったよ」
そこまで言って、ソファに座って、横を叩いた。座れよ、と。長くなるぞ、と。
顔を赤らめてチョコンと隣に座る野島は、いつもの野島とは別人に見えた。なんだか今日はおかしい。クリスマスのせいか? だとしたら神様ってのは相当意地悪だな、とこの状況を面白がって見ている神様を想像して、少し腹が立った。
「今まで、色んな女と付き合ったし、色んな女とセックスした」
セックスという言葉に野島が反応したが、構わず続ける。促したのはお前だからな。
「でも、誰とも本気で付き合えなかった。好きなのかどうかも解らなかった。女を大事だと思ったこともなかったし、付き合っていても、どこで何をしてようが気になることもなかった。それが、お前が来たとたんに、お前のことが気になってしょうがなかった。どこに居るのか、何やってるのか、連絡がない時は心配したし、帰ってきたときお前がいると安心した。俺は自分がおかしくなったんだと本気で思ったよ」
こんなに素直に話すなんて今もどうかしてる、と苦笑した。野島はそんなことないよ、と言いながら、耳まで赤くなっていた。
「あの日、初めて本気のセックスってのが解った。お前と抱き合った時、今までのどんなセックスよりも気持ち良かった。お前はどうだった?」
これはいつか訊く機会があれば訊いてみようと思っていた。野島はそんなこと訊くなよ、と顔をそむけたが、やがて聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「……気持ち良かった」と呟くように答えた。
「それでも俺は素直にこの気持ちを受け入れることができなかったんだ。だから、こないだお前が『遅い』って泣いた時、すげぇ後悔した。野島がいなくなると思うと、全てを失ったような気がした」
そこまで聞くと、野島はとうとう限界を迎えたのか、小さく肩をすぼめて、顔を伏せた。
覗きこもうと顔を近づけると、見んなよ、と手で突き放される。何もかもが初めての反応だった。
「……あの時、どうしても涙をこらえられなかったのは、ようやく聞けた言葉が嬉しかったからだよ!」人にここまで言わせた当の本人は、苛立ったように声を荒げた。
「ずっと待ってたのに、人のこと抱いておきながら全然連絡ないし、移動の話断ったのに、舞いあがってたのはあたしだけなのかなって、ホントはあの時ちょっとやけになってた」
悪かったな、と呟くと、野島はいいよ、と潤んだ瞳を向けた。
ホント、涙腺の弱い奴だ。野島の瞳を見ながら、もうしょうがねぇなと自分を認めることにした。
「お前から言えよ」
「やだ、岩崎君から言ってよ」
期待に満ちた顔はすでに確信してる節があって、なんだか腑に落ちない。こうなると素直に言うもんかと頭の中の俺が顔をのぞかせた。じっと言葉を待つ野島に小さく舌打ちする。
「キスするぞ、文句あるか」
「……ない」
野島の返事を聞くか聞かないかのうちに俺は強引に唇を奪った。これでもか、というくらいに長く舌をからませて、息もできないくらいに抱き寄せる。ちくしょう。俺の負けか。
唇を離すと、絡み合った舌が名残惜しそうに糸を引いた。
「……ちくしょう好きだ」
「……なにそれ? ……ふふ、いいよ。それで許す」
クリスマスだから、こんな奇跡もありだよね、とベッドに向かいながら野島が呟いた。
奇跡なのか? と俺は神様に問いかけた。これが奇跡だとしたら、今日は後何人分の奇跡があるんだ? 俺だけじゃなくて、木ノ下にも奇跡を起こしてやれよ。と神様に発破をかける。頭の中では『清しこの夜が』流れていた。
「え? やるのか?」
「え? しないの?」
これだけ生々しいと、奇跡って感じがしないな、と思ったけど、それは言わないでおこう。
岩崎のお話、これにて一応の完結です。
おまけの話を考えてますが、それは、気が向いたら、ってことで
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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ご気軽にお願いいたします。 usk
2011/8/20連載終了 2012/3/17加筆、修正