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暑いのは夏のせいだけとは限らない

岩崎のお話



  暑い。住み慣れた我が家で俺は息苦しさと居心地の悪さを同時に感じていた。

というのも、真夏の暑い盛りに頑張って働き、疲れて帰ってきた自分へのご褒美に、キンキンに冷えたビールをのどに流し込もうとしたところに、急に転がり込んできた野島春奈のせいだった。


 野島はまさに突然、天災のように何の連絡もなしにいきなり人のうちに上がり込むと、まるでこの世の終わりのように泣き出した。あっけにとられた俺はビールを飲むどころか、わけもわからないまま野島を慰める羽目になった。

 リビングの中央で手放しで泣きわめく野島を何とかなだめようと、「どうした?」であるとか「何があった?」であるとか声をかけ、頭をなで、落ち着くようにソファに座らせ、隣に座り、ティッシュを差し出した。なぜ俺がこんな事をする羽目になったのかは、今は置いておくしかない。


 一時間も経過すると、ようやく落ち着きを取り戻してきたが、泣いている理由は依然としてわからないままだった。

 だから居心地が悪い。正直に言ってしまえば、迷惑だった。野島とは高校からの古い付き合いとはいえ、付き合っていたわけでもなく、親しい遊び仲間だったわけでもない。学校に居る間は普通に喋ったり、ふざけたり、とそれくらいの関係だった。にもかかわらず、野島は何かがあるとこうして俺のところへやってきては泣いたり、怒ったりと、はた迷惑にわめき散らすのだった。その回数は俺の覚えてる限り4回や5回じゃない。こうしてやってくるのは久しぶりだったが、もう慣れてしまった。いや慣れるものでもないのだが。


「はぁ、スッキリした」充血した眼を細くして野島はあっけらかんと言い放った。

「お前な、人の家に入ってくるなりわめき散らすなと前にも言っただろう」

「ごめんね、岩崎君」

野島は軽く謝り、あははと軽快に笑った。



 開けただけで一口も飲んでいなかったビールを流しに捨て、新しいビールを2本冷蔵庫から取り出して、一本を野島に渡した。

「で?」缶を開けて今度こそ一口流し込んだ。「何があったんだ?」と訊きながらも、のどを駆け降りるビールのうまさに体が震えた。

野島は渡されたビールを両手でつかんだまま「振られた」と一言呟いた。

 またか、とうんざりした。いい年して男に振られたくらいで泣きに来るな! と言ってやりたい気持ちをぐっとこらえる。

「3年も付き合って、あたし的にはそろそろ結婚かなぁ、って考えてたのに、急に別れてくれって……」

そこまで言って野島はまた突発的な悲しみに襲われ涙がにじんだ。

「おいおい、もう泣くなよ」勘弁してくれとは言わなかった。

「岩崎君には分かんないかもしれないけどね、この年になって男と別れる女の悲しさは計り知れないんだから」

自棄になったのか、野島は缶ビールを開けると一気に飲みだした。


 半分ほど飲んだところで一息ついて「見返してやりたい」と宙を睨む。

「見返してやるんだ。あいつよりいい男捕まえて、別れたことを後悔させてやる」

「勝手にしろ、俺には関係ないだろ」

「岩崎君手伝って」

 野島はまっすぐにこちらを向いてはっきりと言った。突然の申し出も慣れたもので、面倒なことに巻き込まれるのはご免だと、断ろうと口を開きかけたが野島の喋るほうが早かった。

「岩崎君、顔だけは良いよね。仕事もいいとこ勤めてるし。あたしに新しい彼氏ができるまで彼氏の振りしてよ。あいつをギャフンと言わすの手伝って」

「はぁ?」開きかけた口から出てきたのは素っ頓狂な声だった。自分の耳に入ってきた言葉が信じられない。

「俺が、お前の彼氏?」

「うん。岩崎君なら適任」

 あいた口がふさがらない。ため息すら出なかった。野島の目は本気の目だ。

「今日からここに住むから」

「はぁ?」

「家賃ぐらいは払うよ、あ、でも料理は分担ね」

「はぁ?」


 最悪だ。これを最悪と言わずして何を最悪というのだ。

 俺の都合は、お構いなしか……?






続く

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