権じいさんの話
よぉ、何しょぼくれてんだ。
あん? 道に迷っただとぉ?
な~にバカなこと云ってんだ、ここは一本道じゃねぇかい。
ほーら、云った通りでねぇか。
ん? さっきまで道が分かれてたって云ったって、……あんた、狐に化かされたんだな、そりゃぁ。
それ、オレが下まで送ってってやるから。
……バカ云ってんじゃねぇ。あそこは立ち入り禁止だ。文句ばっかり云ってると、ほっぽってくぞ。
そうそう、最初からそうしてればいいんじゃねぇか。
ほぉ、あんた雑誌屋かい?
はぁ? そんなややこしい横文字云われても判んねぇや。判り易くしてくんなよぉ。
……何だい、やっぱり雑誌屋じゃねぇか。
違うったってぇ、雑誌に書いてんだろ? なら、そうじゃねぇか。オレの甥っ子もそうでよぉ、どうせあんたもヤクザから逃げてきたんだろ。隠したって、駄目だぜぇ。
もっとも、オレはそんなの気にしねぇからなぁ、安心しなぁ。
ん? 何でぇ、薮から棒に。ガキじゃあるまいしよぉ、何でお噺話なんかしなきゃなんねぇんだよ?
へ? 何でぇ、雑誌ってぇから、てっきりスケベなやつだと思ってたら、ガキの読む雑誌かぁ。やあ、すまんすまん。なら、ヤクザなんか関係ねぇな、悪かったよ。
……何、ぶつくさ言ってんだぁ? 謝ってんじゃねぇか。
へぇ、おきよんとこに行って来たんかい。あいつは恐がりだからなぁ、大した噺は聞けんかったろう。
……へっ、あったりまえよぉ。オレならもっと面白ぇのを聞かせれるぜぃ。
そうかい、じゃぁ、道々話してやらぁ。
これはよぉ、オレがガキん時に隣のおやじから聞いた噺だ。
ここの殿さんに、えらいべっぴんの姫さんがおったんは聞いてるか?
……そうそう、その姫さんだ。隣のおやじの家ってのがこの辺りの名家でなぁ、代々殿様のとこに何人も奉公に行ってたもんだ。そん中に『おいね』っちゅう娘がおってな、これがお城に入ってた時の話だ。
まぁ、いくら名家ったってぇ百姓だからな、普通は下働きよ。
けど、そのおいねってのが気だてがいい上によく気がつくし、その上器量よしだったもんだから、特別に姫さんのお世話をさせてもらうことになったんだとよ。
……おうよ、そりゃぁ名誉なことだな。勿論、村中で喜んだろうよ。
ところがな、奉公に出してから半年もしねぇうちに具合が悪くなったってぇことで、帰されてきたんだ。おきよの家のもんが、薬草やらまじないやらをやってみたんだが、一向によくならねぇんだな。
なにせ、一体何の病なんか全く判らねぇんだから、どうしようもねぇ。まぁ、顔色はあんましよくねぇし、食も進まねぇから寝たっきりよ。
けんど不思議なのは、首から下は全っぜん衰えてねぇことだな。その上、目方が石地蔵みてぇに重くって、座敷の床が抜けそうだったそうだぜ。帰されてきたときは、男五人がかりでやっとこさ運んだくれぇだ。おいねの親父も困りきって、何でそんなになったんか色々と訊き出そうとしたんだが、娘の方が喋ろうとしねぇから拉致があかなくてよぉ。
しょうがねぇからお役人に訊きに行っても、とりあってくれねぇ。もうこれは直接お殿様かお姫様に訊くしかねぇってことで、覚悟を決めて支度をしてたら、ようよう娘が話をする気になったらしい。
ぽつりぽつりと、いきさつを話し始めたんじゃ。
半年前おいねが城へ上がった時、姫様はまだ病で伏せっていたままじゃった。そのお世話を仰せつかった訳なんじゃが、それがまた何とも奇妙なものじゃったそうじゃ。
おいねは祖母を流行病で亡くしておって、その世話をしたことがあったから、ある程度は覚悟をしておった。
ところがやる事と云えば、毎日四度油のような飲み薬を数滴差し上げることだけで、食事も着替えも掃除も、下の世話も何もせんでええと云うんじゃ。
かと云って、他の者が世話を焼いておるような事は全くないし。いや、それ以前にこの姫様は食事をしておらん。食事をせんから便所へも行かん。汗をかかんから、着替えもいらん。そもそも姫様は息をしておるんじゃろうか? おいねはそう思うたそうじゃ。そして、そんな姫様のお世話をするのが恐くなってきたんじゃ。
それでも、それは長い間御病床にいたためと思い直して毎日けなげにお世話をしておったらしい。
そんなおり、長い事姿を見せなんだお殿様が突然姫様のところにやって来たんじゃ。
おいねが恐れ入って平伏しておると、「これから姫の治療をするから外へ出ておれ」と云う。さらに「邪魔になるから呼ぶまで誰も中に入れるな」と念を押されたのじゃ。
家臣や腰元どもはお殿様が来られたからにはと安心しきっておったのじゃが、おいねの方は心配でたまらなかった。それで、ずっとお部屋の前につきっきりでおったんじゃそうじゃ。
そうこうしているうちに、おいねは妙に不安になっていった。最初はそれがどうしてなのか判らなかったんじゃが、そのうちそれが中でやっているのがまともな治療ではないらしいためだと気がついたんじゃ。
耳をすますと、聞こえてくるのはバリバリとかシャラシャラとか石を削ったり鋼を引っかいたりするような音ばかり聞こえてくる。
それに、戸の隙間からは、油の臭いや物の焦げた臭いとかが漂ってくる。時折、稲光にも似た閃光が隙間から漏れ出てくる。とうとうおいねは我慢しきれなくなって戸を開けて中に入って仕舞った。
そうしたところ、いつもの部屋の奥にもう一つ知らない部屋があって、何やらよく判らない物が天井や壁から紐や棒でぶら下がっておる。中程に台のようなものがあって、お姫さまはそこに寝かされておった。お殿様はといえば、奥で何やらいじくっておるご様子。
おいねがお姫様の方に近寄って声をかけようとしたが、その足が氷ついて仕舞った。
なんと、お姫様には、赤や黄色や緑の、色も毒々しい蛇が無数に絡みついておったんじゃ。
おいねは悲鳴を挙げそうになったが、更に見た物のために息が止まってしもうた。恐ろしい事に、姫様の胸に腹に黒光りする蜘蛛やらゲジゲジやらが無数に溢れてかえっていたのじゃ。目をそらすことも出来ずに口をパクパクしておるうちに、それまで背を向けていたお殿様がこちらを向いたんじゃ。助けを求めようとしたおいねは殿様の持っている物をみて、ついに意識を失のうてしもうた。殿様の持っていたのは、これも何匹もの蛇を絡みつかせた姫様の白い腕だったのじゃから。
じゃが、気を失っておったのは、そう長い間じゃなかったようだな。眼を覚ましたときも、殿様はおいねなど眼中にないそぶりで何やらごそごそとやっておった。逃げねばと思ってみたものの、腰が抜けてしもうて床をずりずり這いずっているばかりじゃ。
やっと戸口まで辿り着いたときに、姫様が「どうしたのじゃ、おいね?」と声をかけた。
おいねは、そうしたくはなかったのに、つい声の方を見てしもうたんじゃ。
そこにはいつも通りの姫様の首だけがちょこんと盆の上に乗のっかっておったんじゃ。『ギャー』と叫んで、おいねはとにかく逃げ出そうとしたんじゃが、何かに足を引っかけてしもうた。畳に倒れ込んだまさにそのときに、頭を思いっきり殴られたような感じがして動けなくなってしもうた。まるですぐそばに雷様が落ちたような感じじゃった。気が遠くなっていく中で、おいねは自分の身体が燃えているのが見えたそうじゃ。
それで、次に気がついたときにはもうそんな身体になっとったそうじゃ。
それでも、最初はちゃんと身動き出来たらしいんじゃが、返される頃には自分で身体を動かしたくなくなって今みたいになったらしい。
……ああ、そうなんじゃなぁ。それが、何でなんかはおいねの親父もついに聞き出せんかったようじゃ。
おう、そうじゃ。
それで、とうとうそのままずうっと寝たきりよ。かわいそうな噺じゃねえかい、ええっ。
そうそう、そう思うだろう。ひでぇ殿様だぜぇ。まぁ、この辺はクソド田舎だから、幕末までこんな事が続いたんだなぁ、きっと。おいねは臨終の時までずうっとそんなで、おやじが看取ったときには頭だけミイラみたいだったそうだぜぇ。
え? 違う違う、看取ったのはおれが噺を聞いた隣のおやじだ。
おいねの親父はとっくの昔におっちんじまってらぁ。
バカか、決まってんじゃねえか!
……ああ、そうそう忘れてた。ほら、あそこに池がみえるだろう。
そうそう、あの池だ。
ありゃ昔に火葬場後でなぁ。うん、おいねを火葬にした時に何か知らんが大爆発があってなぁ。そん時の穴に水が溜まったんがあれじゃが。
見てみろやぁ、変な木ばっか生えとるじゃろが。きっと、浮かばれんおいねの恨みがこもっとるに違いねぇぜ。なぁ!!
注)
Electric Shock:感電
IC:Integrated Circuit:集積回路
LSI:Large Scale Integration:大規模集積回路
Nuclear Explosion:核爆発
Mutation:突然変異