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異世界放浪記  作者: 氷雨


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3/3

遭遇

森に入ってから、光の色が変わった。

昼のはずなのに、道の輪郭が沈む。

枝葉が重なり、空を細かく刻んでいる。

馬の歩幅が揃わなくなる。

御者が手綱を短く持つ。

「この辺だ」

低い声。

護衛の一人が荷台から地面に降りる。

もう一人は荷台の縁に立ち、森を見張る。

少年が小さく言う。

「さっきより、静かですね」

商人が耳を澄ます。

「……ああ」

風はある。

葉は揺れている。

だが、鳥がいない。

虫の音も消えている。

御者が前を見たまま言う。

「止まるなよ」

誰に向けた言葉かは曖昧だ。

馬が鼻を鳴らす。

一歩、止まりかける。

護衛が右手を上げる。

合図。

全員が声を飲む。

茂みが揺れた。

最初は小さく、

次に大きく。

狼型の魔物が姿を現す。

背が高い。

毛並みは荒れ、目が赤い。

商人が息を呑む。

「遠回りしたんだろ?

なんで、こんなところで出るんだよ」

護衛は視線を外さない。

「……移動してたな」

「普段の場所じゃない」

御者が言う。

「縄張りが押されたか」

もう一体が左から出る。

「二だ」

護衛が剣を抜く。

金属音が森に広がる。

魔物はすぐには飛び込まない。

距離を測る。

少年は無意識に姿勢を固める。

主人公は座ったまま。

視線だけが、魔物と森の奥を行き来する。

一体が地面を蹴った。

護衛が踏み出す。

剣と爪がぶつかる。

火花。

土が舞う。

もう一体が、馬車の横へ回る。

馬が前足を浮かせる。

御者が強く手綱を引く。

「抑える!」

荷台が大きく揺れる。

年配の女が体勢を崩す。

少年がとっさに腕を伸ばす。

「こっちに!」

女の腕を掴み、座席へ引き戻す。

同時に、荷箱が傾く。

少年が肩で押し返す。

木箱が元に戻る。

馬は完全には崩れない。

護衛の剣が、一体目の肩を裂く。

血が散る。

もう一体が、馬の側へ跳ぶ。

護衛は一瞬、距離が足りない。

その瞬間。

魔物の視線が、わずかに揺れた。

ほんの一拍。

踏み込みが遅れる。

理由は分からない。

だが、その遅れが致命的だった。

護衛の剣が届く。

一閃。

魔物が地面に落ちる。

森の匂いが変わる。

血と土。

残った一体が低く唸る。

護衛が構える。

魔物は数歩後退し、茂みに消えた。

追わない。

「深追いするな」

御者の声。

静寂。

数秒。

誰も動かない。

やがて、風が戻る。

葉が鳴る。

少年が、自分の手を見る。

震えている。

年配の女が小さく息を吐く。

「……助かったのかい」

「助かった」

護衛が短く答える。

森はまだ完全には戻らない。

商人が荒く息を吐く。

「……運が悪い」

護衛が剣の血を払う。

「いや」

短い。

視線を一瞬だけ主人公へ向ける。

「助かったな」

確信はない。

だが、何かがあったことは分かる。

主人公は何も言わない。

視線は森の奥。

護衛が倒れた魔物の目を閉じる。

「縄張りを外れてたな」

商人が顔をしかめる。

「さっき言ってたやつか」

「押し出されたか、餌を追ったか」

御者が頷く。

「遠回りは間違ってない」

誰も反論しない。

護衛が言う。

「長居はしない。牙だけだ」

素早く回収する。

商人が言う。

「全部は持っていかないのか」

「止まるほうが危ない」

同じ言葉。

少年が、魔物を見る。

「……思ったより、あっという間ですね」

護衛が答える。

「来るときは早い」

牙が布に包まれる。

森が、徐々に音を取り戻す。

遠くで鳥が一声鳴く。

御者が手綱を整える。

「行くぞ」

馬車が動き出す。

最初は誰も話さない。

揺れだけが続く。

少年が、小さく言う。

「……怖い、より」

言葉を探す。

「忙しかったです」

商人が笑う。

「それはいいことだ」

御者が言う。

「考える暇がない方がな」

少年はうなずく。

主人公は短く言う。

「慣れる」

「慣れますか」

「ああ」

それ以上はない。

森を抜けるころには、光が戻っていた。

道が広がる。

御者が肩の力を抜く。

「抜けたな」

商人が苦笑する。

「今度は出ないでくれよ」

誰も否定しない。

少年は、横を見る。

主人公は変わらない。

何もしていない顔。

だが、あの一拍。

確かにあった。

少年は、問いを飲み込む。

まだ、聞かない。

馬車は進む。

遭遇は終わった。

だが、森は覚えている。

そして、護衛も。

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