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異世界放浪記  作者: 氷雨


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2/3

出発

翌日、門の前は思ったより騒がしかった。

朝の街より音が多い。

人の声、馬の鳴き声、木箱を置く鈍い音。

それぞれが勝手に動いているようで、流れは一つだ。

出発前の時間帯は、どの街でも似ている。

「そっちは違う、こっちだ」

「だから言っただろ、重い方が下だって」

商人の声が飛び、御者が笑って受け流す。

怒鳴っているようで、本気ではない。

少年は少し離れた場所で立ち止まり、その様子を見ていた。

視線が忙しく動いている。

「……思ってたより、にぎやかですね」

「朝よりな」

それだけ言う。

「街を出る人って、こんなにいるんだ」

「出る時は、まとめて出る」

少年は、なるほど、という顔をした。

御者がこちらを見る。

日に焼けた顔で、気さくだ。

「乗るかい?」

「ああ」

「そっちの子は?」

少年が一瞬迷ってから答える。

「一緒です」

「初めてか?」

「はい。馬車は」

「じゃあ揺れるぞ。最初はな」

護衛の一人が肩をすくめる。

「落ちるほどじゃない」

「落ちることもあるんですか?」

「ある道もある」

笑いながら言う。

馬車に乗り込む。

座面は硬いが、沈まない。

長く座る前提だ。

荷台には布がかけられている。

中身は見えないが、重さは感じる。

他の客が三人。

商人が一人、年配の女が一人、無口な男が一人。

商人が先に声をかけてきた。

「どこまで?」

「ノーアまでです」

「お、同じだ。同じ同じ」

女が少し笑う。

「ノーアは久しぶりだねぇ。最近は静かだって聞くけど」

「静かでも、何もないわけじゃない」

無口だった男が、ぽつりと言った。

会話が一瞬止まる。

御者が、わざとらしく手綱を鳴らす。

「さ、行くぞ」

馬車が動き出す。

石畳の音が、一定の間隔で続く。

最初は少し早い。

少年は、揺れに合わせて体を固くしている。

「力抜いた方がいい」

「え?」

「腰で受けろ」

言ったのは護衛だ。

少年は半信半疑で姿勢を変える。

揺れが、少しだけましになる。

「……本当だ」

門を抜けると、空が広がる。

街の匂いが薄くなり、土と草が前に出る。

「外に出ると、急に静かになりますね」

「音が散る」

「散る?」

「遮るものが減る」

「なるほど……」

御者が振り返らずに言う。

「今日は、少し遠回りする」

商人がすぐ反応した。

「またか?」

「この間もそうだっただろ」

「距離は?」

「伸びる」

短い。

「理由は?」

護衛の一人が代わりに答える。

「森が近い。最近、出てる」

少年が身を乗り出す。

「出てるって……魔物ですか?」

「そうだな」

「危ない?」

「護衛がいる」

もう一人の護衛が言う。

「気にしすぎるほどじゃない」

少年は、少し考えてからこちらを見る。

「遠回りでも、大丈夫なんですよね」

「ああ」

それで話は終わる。

道が細くなる。

馬車の揺れが増える。

文句は出ない。

この場にいる全員が、そういうものだと分かっている。

昼前、馬車が止まる。

「休憩だ!」

御者の声は明るい。

降りると、足元の感触が違う。

石ではなく、土だ。

商人が大きく伸びをする。

「いやあ、腰に来るな」

「それは歳だよ」

護衛が笑う。

年配の女が、水を一口飲んで言う。

「こういう時間があるだけで、だいぶ楽だね」

少年も水袋を受け取り、飲む。

「思ったより、平気です」

「若いからだ」

「慣れもある」

護衛が続ける。

森はまだ遠い。

木々は見えるが、圧はない。

それでも、護衛は背を向けない。

再び馬車が動く。

風の匂いが、少し変わる。

「葉っぱの匂いですね」

「湿り気が増えた」

「森、近い?」

「近づいてる」

少年は、深く息を吸ってから吐いた。

「……なんか、ちゃんと旅してる感じがします」

誰も否定しない。

馬車は進む。

道の両脇が、少しずつ高くなる。

盛り土ではない。

根が張り出しているだけだ。

御者が、ちらりと後ろを見る。

「この道、あんまり好きじゃないんだがな」

商人が苦笑する。

「通るしかないんだろ?」

「他は遠すぎる」

「結局それか」

護衛の一人が、馬の歩調を見て言う。

「馬が嫌がってるわけじゃない」

「なら問題ない」

御者はそう言って、手綱を軽く引いた。

木々の間隔が狭くなる。

枝が、空を分ける。

少年が、頭上を見上げた。

「思ったより、上が見えませんね」

「葉が多い」

「昼でも?」

「昼でも」

護衛が答える。

「夜は、もっとだ」

「……そうなんですね」

音が変わる。

蹄の音が、少し吸われる。

「地面が違うな」

商人が言う。

「土が柔らかい」

「雨のあとだ」

御者が返す。

「滑るほどじゃないが、止まりにくい」

護衛の一人が、荷台の縁に足をかける。

「何かあったら?」

少年が聞く。

「止めない」

「え?」

「止まるほうが危ない」

「だから、行く」

少年は、ゆっくりうなずいた。

風が、葉を揺らす。

だが、一定ではない。

「風、変じゃないですか」

「通り道が違う」

「通り道?」

「森の中は、風も迷う」

商人が、感心したように言う。

「へえ……」

鳥の声が、一つだけ聞こえた。

短く、遠い。

それきりだ。

御者が、声を落とす。

「この辺から、前を見る時間が増える」

護衛が答える。

「後ろは任せろ」

役割が、はっきり分かれる。

少年は、無意識に姿勢を正す。

「……何かあったら、どうすればいいですか」

「座ってろ」

護衛の答えは、簡単だった。

「掴んで、落ちるな」

それが、一番難しい。

馬車は、ゆっくり進む。

森は、まだ何もしてこない。

だが、

近い。

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