1-5 裏の腐敗 ― 資金流用の痕跡
翌朝、紅茶を飲みながらマリアンヌの報告を待っていた私は、すでに覚悟を決めていた。
この修道院、見た目が廃墟なのはまあ許すとして、運営状態まで廃墟だったらどうすんだ。
「エリシア様、調査結果がまとまりました。」
マリアンヌが音もなく現れ、分厚い報告書を差し出す。
え、昨日の夜から今朝まででこの分量?どんなスピード調査なの?
てか、どこからプリントアウトしてきたの?修道院に複合機なんてないよね?
「資金の流れに不審点がございます。教会本部からの援助金が、定期的にこの修道院に送られている記録はございますが、実際には半分も届いておりません。」
「……やっぱりか。これは横領確定だなぁ。」
私は報告書をめくりながら、眉間に皺を寄せる。
数字の羅列と、帳簿の改ざん痕。
前世で何度も見たやつだ。中小企業の経理部門でよくあるやつ。
そして、だいたいその裏には「親戚の誰か」がいる。
「修道院長の姪が、教会本部の財務部門に勤務しているようです。」
「はい出たアウトー。親戚枠ー。コネと癒着のフルコンボー。」
「・・・処しますか?(ニヤリ)」
「処さない。まずは話し合い。穏便に。穏便にね?てか、処すって言葉を日常会話に入れないでよ怖いから。」
マリアンヌは無言でサムズアップした。
その笑顔が、なぜか背筋を寒くさせるのは気のせいじゃない。
午前の祈祷後、私は修道院長の部屋を訪れた。
部屋は意外にも綺麗だった。いや、綺麗すぎる。
他の部屋が廃墟なのに、ここだけ新品の家具と絨毯。
革張りのソファーだよ。銀の燭台だよ。サイドテーブル・・・は比較的お手頃か。
いやいやおかしいだろ。ここだけ異世界転生先が違うだろ。
「修道院長様、ごきげんよう。少しだけ、お話を伺っても?」
「ええ、何でしょうか?ああ、せっかくなのでお茶を淹れましょうね。お掛けになって。ここは田舎なので、貴女のお口に合うか分かりませんが。」
「いえいえ、お構いなく。」
修道院長はおかっぱ頭のおばちゃんだった。
紅茶も高級品。ティーカップも金縁。
指輪がギラギラする手でお茶を淹れる院長を尻目に、私は微笑みながら報告書の一部を差し出す。
貴族令嬢モード、オンでござる。
そして内心では"この人が色々やっちゃってるんだねー"と、社畜センサーがフル稼働。
「こちら、教会本部からの援助金の記録です。実際の支給額と、修道院の帳簿に記載された額に、かなりの差異があるようですが……」
修道院長の顔が引きつる。分かり安っ。
たぶん今まで指摘する人いなかったからなんだろうね。
その瞬間、マリアンヌが背後に現れる。
いや、呼んでない。守ってくれてるのはわかるよ。でも急に出てこないで。怖いから。
俺の後ろに立つなっ!ってやっちゃうよ?勝てないけど。
おかっぱ修道院長は目を泳がせながら本部のほうに受け流そうとする。
「……それは、教会本部の方で処理されているはずですが……」
「ええ、左様ですね。ですが、修道院の現状を見る限り、資金が適切に使われているとは言い難いかと。」
私は紅茶を一口飲む。
うん、美味しい。どこが田舎じゃい。これ、帝都の高級茶葉だろ。
修道院の厨房には草しかなかったのに。
「今後、資金の使途については、わたくしの権限で定期的に監査させていただきます。もちろん、穏便に。穏便にね?」
公爵令嬢なめんな。とうことを遠回しでお伝えする。
マリアンヌが無言でサムズアップする。
修道院長の顔が青ざめる。
うん。これでもう大丈夫でしょう。この人がつまらない行動に出ない限りは。
横領を止めて、今後節制と高潔に努めて頂いて、私の領分に足を踏み入れなければもう何もしませんよ。
この場合すぐに首を挿げ替えれば良いという話ではないし、院長が急に辞められたら他の修道女達も混乱するだろう。
どこかのバカ皇子とアホ聖女のように、すぐに断罪ダー追放ダー言わないですよ。私は。
謝って懺悔すれば、神様はけっこう許してくれるもんです。
まあ、2度目はないでしょうが。
私はここでつつましく、誰にも邪魔されずにお茶と、読書と、祈りと、掃除と、お茶と、読書ができればそれでよろしいのですよ。おほほ。
お昼、私は厨房で修道女たちと一緒に昼食を作っていた。
干し肉と野菜のスープ、香草パン、そして泡立たない水。
昨日と同じ献立だが、目に見えて修道女たちの笑顔が更に増えていく。
「……これだよ、これ。私が求めていたスローライフ。紅茶と、静かな時間と、ちょっとした監査。」
マリアンヌが隣に座る。
「午後は寝具の整備と、修道女たちのシフト表の作成ですね。」
そこで私はいつものセリフ。
「うん、そうだね。……でもさ、これって完全に仕事だよね?転生してまで社畜って、どんな罰ゲーム?」
マリアンヌは無言でサムズアップした。
その笑顔が、なぜか背筋を寒くさせるのは気のせいじゃない。(本日2度目。)




