表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/69

X-4 婚約とメイドと帝姫教育の予感

王宮謁見室

視点:エリシア・7歳


「エリシア・フォン・グランディール。帝国第一皇子レオニス・アレ・エルドランとの婚約を、ここに宣言する」


宰相が発表した。してしまった。だが、皇帝陛下はなぜか欠席。

玉座の一つには現皇妃のみが座っている。ニマニマしながら。

そして跪くエリシアの前に堂々と立つレオニス皇子。


──その瞬間、脇に控えていた父の眉間が爆発した。


「待て。誰が許可した。私は許可していない。うちの娘はまだ7歳だ。麦の収穫は任せても、婚約は任せていない!」


バルバロッサ・フォン・グランディール。

帝国の宰相に次ぐ位、国務尚書にして、娘に激甘な父。

彼は王宮の謁見室で、堂々と反対した。

でも麦の収穫て。いや事実だけれども。

だが、皇族は強かった。

いや、空気が読めなかった。


「だって、エリシアがかわいいから! 俺、頑張って言ったんだよ!」


レオニス皇子が満面の笑みで私の手を握ってきた。

その目は、純粋で、まっすぐで、そして――空気が読めていなかった。

教育担当、出てこいや。もう色々方針間違ってるぞ。


(この場面で断ったら、たぶん泣く。いや、泣かれる。いや、泣かせる。そして父が胃薬を飲みながら皇族に喧嘩を売る)


でも、こういう場面で「断る技術」が必要になるんだろうなと、 未来の教材目録が脳内で勝手に生成されていた。


「……承知しました。そこまで仰るなら、婚約を検討いたします」


「やったー! 俺の婚約者だー!」


(検討って言ったのに…皇子は私より1歳年上の8歳。8歳じゃさすがに検討の意味は伝わらんか。検討の前に”持ち帰って”をつけるべきだったか?)



──その夜。 グランディール邸の私室。

私は机に向かい婚約のリスク分析をしていた。


「……政治的には悪くないのか。でも、あの皇子、空気読めなさすぎる。将来的に、外交で“うっかり戦争”起こすタイプ…そうならないようにこれからうまく誘導する必要があるか。かえって婚約者が私で良かったのかもな。逆に他の奴には任せられん。舵取りは必要か…。」


あと、早めに皇子周辺の環境の調査もだ。自頭は悪くないらしいが、その場に似つかわしくない言動を多くとってしまいがちとのこと。典型的だな。会話の受け取り方のベクトルが違うんだろう。

会話が成立しないってのが一番まずい。別の意味でのコミュ症というわけだ。


そう考えていると、突然後ろから女の子の声が。


「おじょうさま。あんさつたいしょうはげんざいにゅうよくちゅうです。いまならばかのうです。ごめいれいを」


「……誰?」


やっべびっくりした!マジでビックリした!

内心ではドキがムネムネ。頑張って冷静を装って返事したけど、バックバクですよ。

振り返ると、完璧なメイド服姿の幼女が立っていた。

え?いつ入ってきたの?怖えーよ。

同い年くらいにしか見えないけど、フリル、エプロン、白手袋。完璧。

だが、腰には物理的におかしい数の暗器。

いやそもそも隠していない暗器は暗器と呼べないのでは?

それは只の武器と呼ぶ。

その瞳は黄色く、すでにいろいろ達観していそうな三百眼。

見た目可愛い幼女なのにやべー奴来た…。


「マリアンヌ・ド・リュミエール。6さいです。こうしゃくりょうちょくぞくおんみつぶたい、"かげろう"よりまかりこしました。ほんじつより、おじょうさまちょくそくのじじょです。いご、めいれいにはそくおうします。あんさつ、せんにゅう、じょうほうそうさ、そうじ、ぜんぶできます」


まってまってまって。なんて?

え?侍女だよね。メイドだよね?

なんで出来ることの行動で”暗殺”が一番前にきてるの?

”掃除”が一番後ろなの?侍女とかメイドなら普通”掃除”が一番前じゃね?


「へ、へえ…掃除をしてくれるのね……?」


「はい。エリシアさまにたいするぼうがいこうさくや、けっこんしょりもふくめて」


「結婚処理?…ああ、血痕処理ね…って血痕かよ!血を流す予定ないからね?!」


そっちの”掃除”かよ!

メイドらしい所これでもう、ひとつもなくなったじゃねえか。


「こうしゃくけのあんねいはわがいえのひがんです。おじょうさまのじじょとなるため、らいばるをけおとし、ひびけんさんをかさねてまいりました。このひをどれだけまちわびたことか」


彼女はフンスと拳を握りしめている。

ヤル気満々だよこの幼女。


「え、ええ、そうなのね。苦労したのね。」


私はゆっくりと深呼吸した。

落ち着け。

6歳の幼女が研鑽を重ねてきたとか言ってるし。

建国当時からある公爵家だからなのか…この家もそうだけど、寄子もやっぱりどっか色々おかしい。

でも、見た感じマリアンヌの忠誠心は本物だろう。悲しいかな、そう教育されているのだろうな。


「おじょうさまがこんやくをことわりきれなかったときき、わがリュミエールけではおうじのしっきゃくルートを3とおりほどごよういしました。ごきぼうがあれば、そくざにじっこうかのうです」


「やめて。まだ泣かせたくないから」


いや、ほんとヤメテ。

そんな幼げな無表情で、恐ろしい計画を淡々と言わないでほしい。

なんか泣きたくなってきた。


そのとき、父が部屋に顔を出した。


「エリシア……お、リュミエール家の者か。エリシアをよろしく頼んだぞ。それと皇子への対応は少し待て」


「しょうちいたしました。おまかせください。このマリアンヌ、エリシアさまにしんめいをとしておつかえするしょぞんです」


綺麗なカーテシー…

ホントに6歳?会話はたどたどしいけど受け答え完璧なんだけど。

どう教育すればこんな幼女が出来上がるのか。


「うむ。・・・エリシア、婚約は無効にできる。皇帝陛下は今回の婚約は寝耳に水だったようだ。裏から手をまわしたのはやはり皇妃だ。…私は胃薬を飲みながら戦うぞ」


まあ、謁見の場での皇妃の態度を見りゃあね。

皇帝不在だったし。息子の我儘に答えたってところだろう。


「不要です父上。私は覚悟を決めました。それに胃薬は戦略ではなく、消耗品です。無駄遣いは避けましょう」


「そ、そうか…くぅっ…そこがまたかわいい……!」


…だめだこの親。


こうして私は婚約者になり、 まだ暗器を隠しきれていないメイドを得て、 父の胃薬消費量が倍になった。


帝姫教育はまだ始まっていない。

でも、そろそろ始まるんだろうな――と、私は予想する。


帝国の未来が、ちょっとだけ不穏になった日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ