X-4 婚約とメイドと帝姫教育の予感
王宮謁見室
視点:エリシア・7歳
「エリシア・フォン・グランディール。帝国第一皇子レオニス・アレ・エルドランとの婚約を、ここに宣言する」
宰相が発表した。してしまった。だが、皇帝陛下はなぜか欠席。
玉座の一つには現皇妃のみが座っている。ニマニマしながら。
そして跪くエリシアの前に堂々と立つレオニス皇子。
──その瞬間、脇に控えていた父の眉間が爆発した。
「待て。誰が許可した。私は許可していない。うちの娘はまだ7歳だ。麦の収穫は任せても、婚約は任せていない!」
バルバロッサ・フォン・グランディール。
帝国の宰相に次ぐ位、国務尚書にして、娘に激甘な父。
彼は王宮の謁見室で、堂々と反対した。
でも麦の収穫て。いや事実だけれども。
だが、皇族は強かった。
いや、空気が読めなかった。
「だって、エリシアがかわいいから! 俺、頑張って言ったんだよ!」
レオニス皇子が満面の笑みで私の手を握ってきた。
その目は、純粋で、まっすぐで、そして――空気が読めていなかった。
教育担当、出てこいや。もう色々方針間違ってるぞ。
(この場面で断ったら、たぶん泣く。いや、泣かれる。いや、泣かせる。そして父が胃薬を飲みながら皇族に喧嘩を売る)
でも、こういう場面で「断る技術」が必要になるんだろうなと、 未来の教材目録が脳内で勝手に生成されていた。
「……承知しました。そこまで仰るなら、婚約を検討いたします」
「やったー! 俺の婚約者だー!」
(検討って言ったのに…皇子は私より1歳年上の8歳。8歳じゃさすがに検討の意味は伝わらんか。検討の前に”持ち帰って”をつけるべきだったか?)
──その夜。 グランディール邸の私室。
私は机に向かい婚約のリスク分析をしていた。
「……政治的には悪くないのか。でも、あの皇子、空気読めなさすぎる。将来的に、外交で“うっかり戦争”起こすタイプ…そうならないようにこれからうまく誘導する必要があるか。かえって婚約者が私で良かったのかもな。逆に他の奴には任せられん。舵取りは必要か…。」
あと、早めに皇子周辺の環境の調査もだ。自頭は悪くないらしいが、その場に似つかわしくない言動を多くとってしまいがちとのこと。典型的だな。会話の受け取り方のベクトルが違うんだろう。
会話が成立しないってのが一番まずい。別の意味でのコミュ症というわけだ。
そう考えていると、突然後ろから女の子の声が。
「おじょうさま。あんさつたいしょうはげんざいにゅうよくちゅうです。いまならばかのうです。ごめいれいを」
「……誰?」
やっべびっくりした!マジでビックリした!
内心ではドキがムネムネ。頑張って冷静を装って返事したけど、バックバクですよ。
振り返ると、完璧なメイド服姿の幼女が立っていた。
え?いつ入ってきたの?怖えーよ。
同い年くらいにしか見えないけど、フリル、エプロン、白手袋。完璧。
だが、腰には物理的におかしい数の暗器。
いやそもそも隠していない暗器は暗器と呼べないのでは?
それは只の武器と呼ぶ。
その瞳は黄色く、すでにいろいろ達観していそうな三百眼。
見た目可愛い幼女なのにやべー奴来た…。
「マリアンヌ・ド・リュミエール。6さいです。こうしゃくりょうちょくぞくおんみつぶたい、"かげろう"よりまかりこしました。ほんじつより、おじょうさまちょくそくのじじょです。いご、めいれいにはそくおうします。あんさつ、せんにゅう、じょうほうそうさ、そうじ、ぜんぶできます」
まってまってまって。なんて?
え?侍女だよね。メイドだよね?
なんで出来ることの行動で”暗殺”が一番前にきてるの?
”掃除”が一番後ろなの?侍女とかメイドなら普通”掃除”が一番前じゃね?
「へ、へえ…掃除をしてくれるのね……?」
「はい。エリシアさまにたいするぼうがいこうさくや、けっこんしょりもふくめて」
「結婚処理?…ああ、血痕処理ね…って血痕かよ!血を流す予定ないからね?!」
そっちの”掃除”かよ!
メイドらしい所これでもう、ひとつもなくなったじゃねえか。
「こうしゃくけのあんねいはわがいえのひがんです。おじょうさまのじじょとなるため、らいばるをけおとし、ひびけんさんをかさねてまいりました。このひをどれだけまちわびたことか」
彼女はフンスと拳を握りしめている。
ヤル気満々だよこの幼女。
「え、ええ、そうなのね。苦労したのね。」
私はゆっくりと深呼吸した。
落ち着け。
6歳の幼女が研鑽を重ねてきたとか言ってるし。
建国当時からある公爵家だからなのか…この家もそうだけど、寄子もやっぱりどっか色々おかしい。
でも、見た感じマリアンヌの忠誠心は本物だろう。悲しいかな、そう教育されているのだろうな。
「おじょうさまがこんやくをことわりきれなかったときき、わがリュミエールけではおうじのしっきゃくルートを3とおりほどごよういしました。ごきぼうがあれば、そくざにじっこうかのうです」
「やめて。まだ泣かせたくないから」
いや、ほんとヤメテ。
そんな幼げな無表情で、恐ろしい計画を淡々と言わないでほしい。
なんか泣きたくなってきた。
そのとき、父が部屋に顔を出した。
「エリシア……お、リュミエール家の者か。エリシアをよろしく頼んだぞ。それと皇子への対応は少し待て」
「しょうちいたしました。おまかせください。このマリアンヌ、エリシアさまにしんめいをとしておつかえするしょぞんです」
綺麗なカーテシー…
ホントに6歳?会話はたどたどしいけど受け答え完璧なんだけど。
どう教育すればこんな幼女が出来上がるのか。
「うむ。・・・エリシア、婚約は無効にできる。皇帝陛下は今回の婚約は寝耳に水だったようだ。裏から手をまわしたのはやはり皇妃だ。…私は胃薬を飲みながら戦うぞ」
まあ、謁見の場での皇妃の態度を見りゃあね。
皇帝不在だったし。息子の我儘に答えたってところだろう。
「不要です父上。私は覚悟を決めました。それに胃薬は戦略ではなく、消耗品です。無駄遣いは避けましょう」
「そ、そうか…くぅっ…そこがまたかわいい……!」
…だめだこの親。
こうして私は婚約者になり、 まだ暗器を隠しきれていないメイドを得て、 父の胃薬消費量が倍になった。
帝姫教育はまだ始まっていない。
でも、そろそろ始まるんだろうな――と、私は予想する。
帝国の未来が、ちょっとだけ不穏になった日だった。




