1-39 エドとの再会
帝国歴705年 12月28日
アムネジア辺境伯領・領都シールダス
視点:エリシア
砂漠を抜け、草原を越え、さらに北西へ。
空気は冷たく、風は鋭く、精霊たちの気配もどこか張り詰めている。
アムネジア辺境伯領――帝国の盾。
帝国北西に広がる”混沌の森”から、魔物の侵攻を最前線で受け止める土地。
そして、エドモンドの故郷。
到着したのは夕方だった。
「……ひどいわね」
思わず声が漏れた。
領都内は所々家屋が崩れ、煙があがっている。領民は基本的に家に閉じこもっているようだ。
領兵だろうか、隊列を組み、駆け足で外壁のほうに走り去っていく。
戦場特有の不安感が襲う。まずはけが人がいるとされる修道院を目指す。
そして修道院。
大きく半壊し、壁は崩れ、屋根は焦げ、中庭には避難民が身を寄せ合っていた。
それを見たユリウスはめずらしくひどく驚いている様子だ。
「これは……領都の修道院には結界が張られているはずだが……既に破壊されている?」
「台国ではしばらく内戦が続いていたわ…。これはそれによく似ているわね…」
カイン教官が呟く。
子供が泣き、老人が祈り、修道女たちは必死に手当てをしている。
ユリウスが険しい顔で状況を見渡す。
「……魔物の侵攻というより、やはりこれは“襲撃”跡だ。組織的に、狙って破壊している」
「誰が……?」
「魔物だけではない。人の手が混じっている痕跡がある」
胸がざわつく。
もっと早く気付くべきだった。
”派閥”ーという言葉がある。
それはジャンルを問わず、様々なコミュニティで発生する。
貴族の世界ではそれは特に顕著だ。
帝国には大きく分けて三つの派閥が存在する。
まず、私の実家、グランディール公爵家が筆頭である”皇帝派”
現皇帝陛下を頂点とし、常に皇帝の意向に沿った政を計画する派閥。
帝国の安定、中央集権、皇帝の権威維持を目的としている。
帝国の均衡と繁栄、治安維持を最優先。
あくまで現皇帝に対しての派閥であって、皇族に対してではない。
だって第一皇子があんなんだからな。
現皇帝陛下はすんごいいい人。
二つ目は”貴族派”。
まーこの派閥は色んななろう小説でもけっこうお馴染みだが、これがなかなか馬鹿にできない。
この世界で言う”貴族派”とは、広大な領地を持つ地方貴族が中心で、筆頭はクリスがいるアウドミラ侯爵家。
「中央の干渉を減らし、領地の自由を守るべき」という思想を持ち、表向きは皇帝派と協調しているが、裏では牽制し合っている……と言われてる。
帝国に存在する3辺境、アムネジア、アバロン、ドウムもこの派閥に属しており、地方の軍事力が強く、魔物対策や領地運営に独自のノウハウを持つ。
皇帝派と対立することもあるが、帝国の安定を望む点では一致していて、外交に関しては強い味方となる。
うちの父ちゃんと、クリスの父ちゃん、公の場では会うと必ず口喧嘩が始まる。
でも根本ではみんな仲がいいことを皆知ってるので、周りは何も言わない。
たまにクリスの父ちゃん(財務尚書)がグランディア城に来て、うちの父ちゃん(国務尚書)と飲んでることがある。
その逆もしかり。
学院の同級生で、ライバル。うーん、テンプレ。
さて、問題の三つ目、派閥の名前は、”教会派”
筆頭は不明。教会派と言われるので、一部の教会保守派だと思われる。
帝国の国宗権威の拡大を重んじ、皇帝権力の弱体化を狙ってる。
宗教怖いね。
地球でも宗教間、民族間の過激な行動は日々ニュースで流れていた。
うちの死んだばーちゃんは、「宗教は入りぐぢが違うだげ、中身はみーんな同じだへ。」って言ってた。
その言葉を真に受けて、色んな宗教を調べて共通点を探したのは良い思い出だ。
閑話休題。
これは私の予想だが、テンプレ的にこいつらは皇帝派を弱体化し、帝国の実権を教会へ移すことを目的にしてるっぽい。
んで、聖女ミレーネを“傀儡”として利用し、魔物の誘導や辺境の混乱を利用し「聖女の必要性」を帝国中に誇示する……つもりなんだと思う。
私が学院在学中もそういう干渉はあったし。
けっこう裏側で聖女庁をいじくりまわしたんだけど、解る人には解ってたみたいだね。
不幸の手紙よろしく、様々な脅迫状が届きましたとも。
これ以上聖女に干渉すると、足からキノコが生えるでーとか、なに勝手に聖女庁を動かしてんねん、夜道にきーつけやーとか、お届け物があるので帝都郊外の墓地に来てくださいとか、貴女は1万人目の聖女庁来訪者ですので記念品が貰えますとか…。
迷惑メールみたいな感じだった。
なんて分りやすい。のだが。
これだけのピースを獲得しているにも関わらず…。
砂漠アクア修道院で半年休暇してもいいよ……この時点で気付くべきだった。
教会保守派の修道院長一人を追放したことで満足してしまったんだろう。
これは教会保守派……いや教会派の巧妙?な罠だったのだ。
んで、この時点で暗殺教団がかなり関わっていることが確定。
布石は色々あった。
聖女ミレーネの第一皇子への傾倒、砂漠の刺客、アムネジア辺境伯領の魔物侵攻。
くっそ……十分予想できる範疇だったじゃないか。
マリアンヌが一度死にかけて、奇跡的に助かったことで色々安心していた。
スローライフどころではなくなった件。
恐らくこの窮地に駆け付けるのは傀儡となった巡礼中の聖女ミレーネだ。
教会派はこれを起点に教会派閥の力を強固にするつもりだろう。
これだけは阻止しないとならん。
宗教が国家を運営しては碌なことにはならない。
それは地球の歴史が証明している。
修道院に追放になったことで世俗とも離れたと思っていたが、修道院ってけっこう世俗と繋がりがあってなかなか無視できない施設だと学びましたよ。
うーん、こうなってはミレーネと腹割って話さないとどーにもならん。
酒だ!酒が必要だ!チューハイカモン!カクテルでもいい!居酒屋!いやショットバーはどこだ!?
因みに作者が好きのはカンフォートトニックだ!
「あなたが……教会の査察官様……?」
修道院長ファルムンド女史は疲れ切った顔で私たちを迎えた。
因みに彼女は調停派らしい。
ナカマだナカマ。
だがその背後には、怪我をした人々が列を作っている。
うわ、こりゃ大変だ。
「状況を説明していただけるか?」
ユリウスが淡々と尋ねる。
「貴方は……”理性の紅筆”様……三日前……魔物の群れが領都に突然押し寄せました。…………結界と防衛線は破られ、周辺の村は焼かれ……若様が、領軍を率いて応戦してくださっていますが……」
「エドモンドは無事なの?」
私は思わず前に出た。
修道院長は驚いたように私を見つめ、そして静かに頷いた。
「はい……ですが、前線に出ずっぱりで……休む間もなく戦っておられます」
胸が痛む。
あの真面目で、責任感の塊みたいな青年が、こんな地獄の中で戦っている。
……ひとまずは現状把握だ。
この修道院で一番キツイ所を探さないとならない。
医療分析……トリアージ的に……。
修道院の裏手――
負傷兵の治療所……とは言うが、もう手遅れの患者を収容している天幕……として使われている倉庫の前で、私は見覚えのある背中を見つけた。
「もう…貴方を苦しめるものは何もありません…ごゆっくりお眠り下さい……」
彼は……両足を失った兵士を看取っているところだった。
「……エド?」
振り向いた彼は以前より痩せ、鎧には傷が刻まれ、目の下には深い隈があった。
だが、その瞳は――戦場に立つ者の強さを宿していた。
「……エリシア嬢?……どうしてこちらに……?」
「あなたが休学したって聞いたから。……来るに決まってるでしょう」
エドモンドは一瞬だけ目を伏せ、息絶えた兵士の両腕を交差させ静かに布を被せた。
そして、涙を拭いながらかすかに笑った。
「……相変わらずですね。平均値の皮を被った非常識者です…」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
その瞬間、彼の膝が崩れかけた。
「エド!」
私は慌てて支える。
うん?エドってこんなに軽かったか?
「……申し訳…ございません。少し、無理を押し通しておりました…」
「少しじゃないわよ。あなた、何日寝てないの?」
「……三日ほどです…」
「バカなの?」
「ふふっ……否定はできませんね」
ユリウスが歩み寄り、冷静に告げる。
「エドモンド・オル・アムネジア。君は今すぐ休め。査察官命令だ」
「り……”理性の…紅……筆……”」
「死んだら戦術も何もないだろう」
エドモンドは観念したように息を吐いた。
「……すみません。……本当に……来てくれて、ありがとう……ございます」
私は彼の手を握り、静かに言った。
「これからは一緒に戦うわ。あなた一人に背負わせない。じゃないと、貴方の叔母に何を言われるかわからないわ」
エドモンドの瞳が揺れた。
「……エリシア嬢。君は……本当に……」
「平均値よ。紅茶の温度と同じくらい安定してるわ」
「……そんな平均値が、一番頼もしい……です」
エドはその言葉を最後に、意識を失った。
◆辺境修道院・惨状記録
修道院:半壊。避難民多数。魔物の“誘導”の痕跡あり。
エドモンド:三日間不眠で前線指揮。疲労困憊。
エリシア:初めて自らの判断で辺境へ。精霊制御で支援開始予定。
ユリウス:状況を分析し、魔物の異常行動に疑念。
マリアンヌ:負傷者の護衛と周囲警戒。
カイン:戦場の空気にスイッチが入りつつある。
空気:緊張と疲労。精霊は弱り、土地は悲鳴を上げている。




