X-38 聖女庁舎
視点:エリシア・12歳
講堂を出ると、昼の光が差し込み、学院祭の喧騒が戻ってきた。
屋台の匂い、客のざわめき、どこかで聞こえる楽器の音。
さっきまでの“皇帝陛下と一緒に劇を観る”という緊張感が嘘みたいだ。
……いや、嘘じゃない。
背後に控えている近衛兵(一般客のフリ)がまだピリピリしてる。
陛下は付け髭を外しながら、ふう、と息をついた。
「やはり学院祭は良いな。活気がある」
「お忍びで来る皇帝陛下の言葉とは思えませんわね」
「ふっ。そなたが案内してくれるなら、どこへでも行ける気がする」
……やめて。
そんなこと言われたら、後ろの近衛兵の眉間のシワが増えるから。
「ところでエリシア嬢。あれは何だ?」
陛下が指差したのは、学院生徒会が出している屋台。
『焼きそば(帝国風)』
『串焼き(肉)』
『謎の飲み物(リュディア考案)』
……最後のやつが一番危険。
「陛下、あれは……飲まないほうがよろしいかと」
「なぜだ?」
「リュディアが“雰囲気で作った”飲み物です。味の保証はありません」
「はっはっは。こういうのも学院祭の醍醐味と言えるな。雰囲気大変結構だ。どれ。」
後ろで近衛兵がオロオロする中、陛下は謎の飲料をあおる。
「ふぅっ!ぐふぅっ!……なかなか個性的な味だ。ふふ。楽しいぞ」
うん。それはなにより。
そこへ、舞台裏からミレーネがふらふらと出てきた。
「エ、エリシアさん……終わりました……」
「お疲れさま。レオニスのフォロー、大変だったでしょう?」
「はい……王子様が“愛してるっス!”と言いかけた時は……心臓が止まるかと思いました……」
「……あの子、語尾が完全にバイリー化してるのよね」
「ふふ……でも、楽しかったです」
ミレーネはにこっと笑った。
その笑顔は、確かに“聖女”のそれだった。
陛下も目を細める。
「良い娘だな。愚息の無茶ぶりにも耐えられるか……そなたが支えてやってくれ」
「もちろんですわ。」
「得意の平均値と茶葉でな。……それで聖女を支えるとは……そなたは本当に面白い」
陛下は学院の敷地をゆっくり歩きながら、懐かしそうに呟いた。
「この中庭で、バルサとラファとよく喧嘩したものだ」
「……あの三巨塔の学生時代、ですか?」
「そうだ。バルサは真面目すぎてな、ラファは自由すぎてな、私は……まあ、今とあまり変わらん」
「……想像できますわ」
「そなた、今失礼なことを考えただろう」
「ご想像にお任せしますわ」
陛下は笑った。
本当に、いい人だ。
「そろそろ戻らねばならぬ。愚息の説教もせねばならんしな」
「どうか優しくしてあげてくださいませ。あの子、悪気はないので。空気が読めないだけで。」
「分かっておるよ。ハァ……また側近を変えねばならんな。」
陛下は付け髭を外し、近衛兵に渡した。
「エリシア嬢。聖女庁の件、頼んだぞ」
「承知いたしました。平均値で、確実に」
「ふっ……そなたの平均値は、帝国の宝だ」
そう言い残し、皇帝陛下は静かに学院を後にした。
◆記録(追記)
皇帝陛下:学院祭を満喫。息子の語尾に頭を抱える。
エリシア:影の庁長としての役割を正式に受諾。紅茶の温度で帝国を語る。
レオニス:なぜか語尾が“っス”化。父親から説教確定。
ミレーネ:正式に聖女となり、劇でフォロー力を発揮。
空気:学院祭の熱気と紅茶の香り。平均値、帝国の未来に安定。
なんやかんやで学院祭が終わった翌日。
私は紅茶を啜りながら、静かに現実逃避していた。
……いや、逃避じゃない。
“平均値の調整”である。重要な儀式。
そこへ、聖女ミレーネが優雅に歩いてきた。
昨日までのオロオロした雰囲気はどこへやら、
今日は妙に“聖女オーラ”が強い。
「エリシアさん。聖女庁の再開が正式に決まりましたわ。わたしが庁長に任命されましたの。……まあ、当然ですけれど」
「……当然なのね?」
「当然ですわ。わたし、正式に“聖女”ですもの。帝国の精神的支柱として、相応しい立場でしょう?」
……うん、なんか昨日より強気だなこの子。
翌日、聖女庁の建物を見た瞬間、ミレーネは眉をひそめた。
「……まあ。これは……ひどいですね」
「そうね。廃墟よね」
先代の聖女が引退してから1年が経っている。高齢を理由に巡礼の旅をしなくなって早10年だ。
意義を失った聖女庁は当たり前だが廃れていた。
「廃墟というより……“わたしを迎える準備が整っていない”という感じですわ」
「……そういう解釈なのね」
「当然ですわ。聖女庁はわたくしのためにあるのですもの」
……いや、違うんだけどな。
でも本人がやる気ならまあいいか。
中に入って比較的綺麗な応接間でお茶を啜っていると、保守派の修道女たちが集まってきた。
「聖女様!第一皇子様と――」
「黙りなさい」
ミレーネがピシャリと言い放った。
「!?」
「わたしは“帝国全土の聖女”です。レオニス様との婚姻は今のところ否定させて頂きます。隣に強敵がいますのでね。それと、特定の派閥に肩入れするつもりはありませんわ。あなた方のような“偏った思想”は不要です」
修道女たち:「ひ、ひぃ……!」
私は思わず紅茶を吹きそうになった。
「ミレーネ……強いわね」
「当然です。聖女庁を立て直すのですもの。不要な人員は排除しませんと」
「排除って言ったわね?」
「ええ。排除ですわ」
……この子、覚醒してない?
さて、修道女達には講堂に集まってもらい、私は黒板に理念を書こうとしたが、ミレーネがチョークを奪った。
うおっと。
「わたしが書きます」
そして、堂々と書いた。
【新・聖女庁理念(ミレーネ版)】
聖女は帝国全土の象徴である
ゆえに、聖女の意志が最優先。
浄化の巡礼は“聖女の慈悲”である
政治利用は許さない。
聖女の心の安定は帝国の安定である
※紅茶の温度管理はエリシアが担当。
庁長(表)はミレーネ、庁長(影)はエリシア。
「……最後の項目、必要なくない?それと私の名前が太字なのはなぜ?」
「当然です。エリシアさんがいなければ、わたしは働けませんもの」
「それは褒め言葉として受け取っておくわ」
聖女庁再構築記録
ミレーネ:聖女として覚醒。上から目線になったが根は良い子。
建物:廃墟 → 聖女のために修繕開始
人員:保守派をミレーネが一喝して異動
理念:聖女の意志最優先、政治利用禁止
組織:護衛隊・巡礼隊・財務局を新設
庁長(表):ミレーネ(自信満々)
庁長(影):エリシア(実務担当)
空気:改革の風。紅茶の香り。聖女、強気。




