1-38 同級生の危機
砂漠の修道院・オアシスのほとり
視点:エリシア
「そういえば他の同級生、元気でやっているのかね?」
私がアイスティーを啜りながらじじいのように呟くと、クリスティーヌが扇子をパタパタしながら答えた。
「ええ、皆さま相変わらずですわよ。……良くも悪くも、ね」
「悪くもって何よ」
「まずはリュディア殿下ですけれど……収穫祭の“かぼちゃ担ぎ競争”で優勝したそうですわ」
「……あの子、筋肉で全部解決するわね」
「“筋肉は裏切らない!”と叫びながら走っていたそうですわ」
カインが「ふふっ♡」と笑う。
「いいわねぇ、若いって。筋肉は正義よぉ」
「教官、あなたも筋肉で全部解決するタイプでしょ」
「バイリー先輩は、風紀委員長として“風紀の歌”を作ったそうですわ」
「歌?」
「“風紀!風紀!守るっス!”という謎の掛け声が学院中に響いているとか」
「……あの子、ヅカなのか後輩なのかどっちかにしてほしいわ」
「……ヅカとはなんだ?」
ユリウスが真顔で言う。
「赤ペン先生、あなたの価値観が一番混乱を招くわね」
「レオニスとミレーネは?」
「わたくし達が初めて手掛けた学院祭の劇が好評だったらしく……」
「え、あれ好評だったの?」
「絶妙に間をとりにいく殿下の演技が特に」
「そこかい」
プロンプターの補助を聞いていただけなんだがな。
「その結果、帝都でも指折りの劇団での開演がきまり、指南しに行ったそうよ」
「……ミレーネ、また胃を痛めるわね」
「聖女庁の仕事より大変かもしれんな」
ユリウスが淡々と分析する。
「赤ペン先生、あなたの分析はいつも正しいけど、情緒がないわよね」
クリスティーヌがアイスティーを一口飲み、ふっと表情を曇らせた。
「……そういえば、エドモンドのことですが」
「エド?あの“戦術論占い”の?あれけっこう学院でも有名になってたわよね?当たるって。わたしが最後に彼を見たのは、彼の前に占ってほしい女子達が並ぶ姿だったけれど。」
「ええ。……ですが、今はそんな呑気なことをしている場合ではないようですわ」
その声音に、私は自然と姿勢を正した。
「……どういうこと?」
クリスティーヌは扇子を閉じ、静かに告げた。
「彼の故郷、辺境伯領……最近、魔物の侵攻がますます激しくなっているそうですの。村がいくつも襲われ、避難民が修道院に押し寄せているとか。辺境伯家は総力を挙げて防衛に当たっているようですが……状況は芳しくないようですわ」
「…………」
「そのため、エドモンドは学院を休学し、領地へ戻ったそうです。“戦術論から導く未来”などと笑っていた彼が……今は本物の戦場に立っているのですわ」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
エドモンドは真面目で、責任感が強くて、戦術論を語る時はいつも目が輝いていた。
そんな彼が、今は――。
「……そう。そういうことだったのね」
私はアイスティーを置き、立ち上がった。
「エリシア?」
クリスティーヌが驚いた声を上げる。
「ユリウス!」
呼ぶと、赤ペン先生はすぐにこちらへ向き直った。
「何だ、また仕事を増やす気か?」
「辺境伯領へ行くわ。修道院の状況を確認して、必要なら調停と支援を行う。……初めて、自分の判断で赴くわ」
ユリウスは一瞬だけ目を見開き、すぐに真剣な表情に戻った。
「……理由を聞こう」
「エドモンド……ああ、私の同級生で辺境伯領主令息。彼が休学したわ。魔物の侵攻で領地が危機に瀕している。修道院も避難民で溢れているはず。――放っておけるわけないでしょう?」
ユリウスは深く息を吐き、モノクルを押し上げた。
「辺境伯領の窮地は私も知っている。帝都から第二騎士団が派遣されると聞いているが……まったく。君は本当に、平均値の皮を被った非常識だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「ふん。いいだろう。査察官として同行する。辺境伯領の修道院は教会の管轄だ。勝手に行かせるわけにはいかん」
「ありがとう、ユリウス」
「礼はいい。仕事が増えただけだ」
相変わらずの赤ペン節だが、その声にはわずかに柔らかさがあった。
その横で、カインが「青春ねぇ♡」と肩を揺らし、マリアンヌは静かに剣を握り直し、クリスティーヌは巻き髪を揺らしながら心配そうに眉を寄せた。
「……気をつけてくださいましね、エリシア。辺境は砂漠よりも過酷ですわ」
「大丈夫よ。平均値で行くから」
私は手帳を開き、最後の一行を書き込んだ。
砂漠の修道院・決意記録
エドモンド:故郷の辺境伯領が魔物の侵攻で危機。学院を休学し帰郷。
エリシア:紅茶と皮肉と平均値担当。初めて自らの判断で辺境へ赴く決意。
ユリウス:同行を承諾。査察官としての責務を果たす構え。
マリアンヌ:護衛として準備万端。
カイン:青春観察者。
クリスティーヌ:心配しつつも応援。
空気:緊張と決意。精霊、静かに見守る。
翌朝。
まだ太陽が昇りきらない時間に、私たちは修道院を出発した。
辺境伯領は砂漠を北西に抜けた先。
暑い砂漠で3か月ほど休暇を堪能したが、砂漠を抜けるともう季節は冬だ。
辺境伯領は雪深い地域だと聞いている。防寒着など必須だろう。
「マリアンヌ、準備は?」
「万全でございます。エリシア様の護衛、必ず果たします」
「カイン教官は?」
「もちろん同行するわよぉ♡魔物退治なんて、久しぶりでワクワクするわぁ」
「……あなたがワクワクするのは大体ろくでもない時よね」
「失礼ねぇ♡」
クリスティーヌはラクダに乗りながら、名残惜しそうに手を振った。
「お気をつけてくださいましね、エリシア。辺境は砂漠よりも過酷ですわ。……帰ってきたら、また一緒に紅茶を飲みましょう」
「もちろん。平均値の紅茶を淹れてあげるわ」
数日後、砂漠の終わりを示すステップに差し掛かった。もう大分涼しい。てか寒い。ここからは辺境伯領だ。
更にしばらく進むと、帝都や辺境伯領都へ繋がる本来の街道に合流となったが、思った以上に荒れていた。
魔物の影響か、ところどころに焦げ跡や破壊された荷車が残っている。
「……これは、思ったより深刻ね」
ユリウスが周囲を見渡しながら言う。
「魔物の侵攻は、単なる活性化ではない。何者かが意図的に誘導している可能性がある」
「誘導……?」
「魔物は本来、ここまで組織的に動かん。しかも防備の厚い領都を抜けてきている。完全なゲリラ戦術だ。これでは物資輸送もままならんだろう。明確に辺境伯領が狙われている理由があるはずだ」
私は無意識に手帳を開き、記録を取る。
それから三日ほど進み、日が暮れそろそろ野営の準備かなと思っていたところ、マリアンヌが突然立ち止まった。
「……エリシア様、前方に魔力の乱れがあります」
「どれくらい?」
「……かなり大きいです。恐らく、魔物の群れが近くに」
カインがにやりと笑う。
「ふふ♡ ウォーミングアップにはちょうどいいわねぇ」
「教官、楽しそうに言わないで」
ユリウスは赤ペンを抜き、魔力を纏わせた。
「……戦闘になる。エリシア、後方で精霊の制御を頼む。マリアンヌ、前衛。カイン、好きに暴れろ」
「了解♡」
「承知しました」
私は深呼吸し、精霊たちに呼びかける。
「……お願い。道を照らして」
光の精霊が舞い、草原の先を照らした。
そこには――黒い霧のような魔力を纏った魔物の群れが、こちらへ向かって進んでくる姿があった。
「……エドモンド、こんな状況で戦っていたのね」
胸が痛む。
でも、迷っている暇はない。
「行くわよ、みんな!」
砂漠の終点である証の湿った風が吹き抜け、私たちは辺境伯領へ向けて、最初の戦いに踏み出した。
時間軸による矛盾を一部修正しました。ストーリーに影響はありません。




