X-37 学院祭と聖女庁の再興
お詫びです。すみません。リアルで会社の事業所が移転してバッタバタです。更新はかなり不安定です。
帝都学院・講堂
エリシア・12歳
「…………苦労を掛けておるな、エリシア嬢」
「いえ、これも公爵家に生まれた者のさだめと思っております」
学院祭初日、私はお忍びで学院祭に訪れた賓客を案内していた。
銀色の長いお髭のおじ様を講堂へ案内し、学院劇午前の部を観劇するところだ。
まあ、付け髭なんだけれども。
急遽、帝城から使いが来てこのおじ様の来訪を告げられた時は非常に驚いた。
うん、……皇帝陛下ですよ。
普段生徒として通学してるレオニスとリュディアが気になって様子を見に来たらしい。
いいねー。ちゃんと父親してるじゃないか。
「久々にここへ来たが、やはり学院祭は胸が躍るな。若返った気分だよ。あの頃を思い出す」
「おじ様にも、当たり前ですが学生時代はあったのですね。感慨深いものがあります」
「ふっ。とても12歳の女子が発する言葉とは思えんな。やはり前世の記憶持ちか」
「ご想像にお任せしますわ」
ヤメテ。あんたの思ってる通りだけど、後ろの席から一般客に変装してる近衛兵が睨んでるから。
不敬な会話を誘導させないでおくれよ。
陛下とは、私が第一皇子の婚約者ということもあり、何度か相談に乗ってもらってる。
一時は婚約破棄も出来るぞと言ってもらったが、第一皇子の立太子までは様子を見させてくださいとお願いしている。
あの性格が治るかもだし、私の追放イベントのフラグを立てるためにも、この地位は必要だからだ。
「お、始まるようだな」
会場が暗くなり、劇が始まった。
内容はなんてことない、侵略した先の国の姫に一目惚れした、王子の葛藤を描いたストーリー。
最後は両者ともに身分を捨てて駆け落ちするが、隣国へ逃げる途中で難民から野盗に転じた姫側の民に襲われ命を落とす悲恋もの。
まともな生徒が役を演じさえすればそれなりにぐっとくるものがあるが、王子役のレオニス君、セリフがワンテンポずれている。
まー、プロンプターに頼っているからなぁ。
うん、おじ様というか陛下、これは普通に気づくよね。
陛下、顔に手をやって一言。
「あやつ、セリフを覚えておらぬのか」
ほらね。バレた。
レオニス君、君、城に帰ったらとーちゃんからまずお説教だね。合掌。
対する聖女候補ミレーネ、うん、ちゃんとレオニスにセリフを小声で教えてる。合掌。
で、皇帝陛下、劇中でとんでもないこと言いだした。
「あのミレーネ嬢だが……この度浄化の力を発現させ、正式に聖女となった……公にはまだ発表はされてはいないが」
おおー。これはいよいよだねぇ。
連日ダンジョンに連れまわした甲斐があったというものだ。
私の追放フラグを着実に育てないとだね。
「承知しました。で、わたくしは何をすればよろしいので?」
陛下は困った顔をして、
「そなたも知っているかも知れぬが……聖女だが、愚息にかなり傾倒しているようでな。学院に居る間は、嫌な思いをさせるやも知れぬ」
うん知ってた。
嫌な思い?いやいや、そんなことないよ。
どんどん傾倒してください。
「ふふ。陛下ならお分かりでしょうに。わたくしがあえて婚約者と言うポストに就いていることに」
「…………本当にそなたは底知れぬ……つくづくこの帝国に生まれてきてくれて良かったと思っておるよ」
そんなことないよ?
全てはスローライフのために。
最悪はKY皇子を裏で操るルートも想定してるけどね。
でもそうなるとスローライフは実現できないし。
「聖女庁を復活させる。そなたには、聖女のサポートをお願いしたい」
お願い?勅命ではなく?
「これはこれは……若すぎる聖女の互助をわたくしが担えと?」
「…………ふっ。1を講じて100を知るか。公爵領、いや帝国の内政を100年進ませたそなたに頼みたいのだ。聖女も前世の知力を持つ者として存じておるが、そなたほどではない。」
聖女庁。
聖女を筆頭にして浄化の巡礼を取り仕切る役所だ。
先代聖女は高齢であったため、ここ数年は稼働していなかった。
その構築のサポートをせよと?
いいだろう。
「……承知いたしました。聖女庁の再興、その基盤づくりをわたくしが担うのですね」
私は紅茶を啜るような気持ちで、静かに頷いた。
陛下は深く息を吐き、舞台に視線を戻す。
レオニスがワンテンポ遅れた台詞を放ち、ミレーネが小声で補助する。
その光景を見ながら、陛下は苦笑を浮かべた。
「……あの二人の関係は、学院の中でますます強まるだろう。聖女庁を復活させる以上、聖女の心を支える者が必要だ。そなたならば、余計な嫉妬もせず、冷静に導ける」
「導く……というより、平均値を保つ役割ですわね」
私は肩をすくめる。
「平均値?」
陛下が眉を上げる。
「ええ。聖女が傾きすぎれば、帝国の均衡が崩れます。わたくしはただ、紅茶の温度を一定に保つように、彼女の心を安定させるだけです」
陛下はしばし沈黙し、やがて笑った。
「……紅茶の温度で帝国を語るか。そなたらしい比喩だな。さすがラファエロの弟子だ」
舞台では悲恋のクライマックス。
レオニスが台詞を噛み、ミレーネが必死にフォロー。
観客は涙ぐむ者もいるが、陛下は額に手を当てている。
「……愚息には、もう少し鍛錬が必要だな」
「それも含めて、学院祭の醍醐味ではございませんか?」
「ふっ……そうかもしれぬ」
「陛下。聖女庁の再興にあたり、具体的にはどのような支援を?」
私が問うと、陛下は真剣な眼差しを向けた。
「巡礼路の整備、浄化儀式の体系化、そして聖女を守る組織の再編だ。聖女庁はただの宗教機関ではない。帝国の精神的支柱となる。だが若き聖女一人では荷が重い。そなたが支えねばならぬ」
「……つまり、わたくしが“影の庁長”になるわけですね」
「影の庁長か……面白い言い方だ」
私は心の中で笑った。
影の庁長、いい響きだ。
追放フラグを育てるには絶好の役職。
表では聖女を支え、裏では帝国の均衡を計る。
スローライフへの道筋が、また一本増えた。
舞台が終わり、拍手が響く。
陛下は立ち上がり、私に小声で告げた。
「……頼んだぞ、エリシア嬢。帝国の未来は、そなたの平均値に懸かっている」
私は深く一礼し、紅茶の香りを胸に刻んだ。
記録
皇帝陛下:学院祭を観劇しつつ、聖女庁再興をエリシアに依頼。
エリシア:紅茶と皮肉と平均値担当。影の庁長としての役割を受け入れる。
レオニス:王子役。セリフを噛み、父親から説教フラグ。
ミレーネ:聖女役。浄化の力を発現し、正式に聖女となる。舞台で必死にフォロー。
空気:学院祭の熱気と紅茶の香り。平均値、帝国の未来に安定。




