1-37 砂漠で貴婦人
砂漠の修道院・オアシスのほとり
「これは……どういうことですの?」
刺客を撃退してから3か月が経った。
ビーチチェアとパラソルを出して、オアシスのほとりで飛び交う精霊をながめ、水着姿でくつろぎ、アイスティーを嗜んでいると後ろから声がかかった。
振り向くと、砂漠行脚の完全装備、ラクダを引き連れフードをかぶった女性がこちらを見つめていた。
ん?そのフードからまろび出ている金髪の巻き髪…………どこかで見たな。
「あ……貴女、もしやエリシアですの?なぜここに?ここはしばらくの間、干上がっていたはず……それにこの精霊花の量は……」
あれ?クリスティーヌだな。
驚いた。こんな砂漠で同級生に会えるとは。
「あら、クリスじゃない。それはこちらのセリフよ。貴女みたいな淑女が好き好んでこんな場所に来るとは思えないのだけれど」
私がアイスティーを啜りながらそう言うと、 フードの下から現れた金髪の巻き髪が、ふわりと揺れた。
「まあ、失礼ですわね。私だって、砂漠くらい歩けますのよ。……ラクダの背に乗って、ですけれど」
「うん、やっぱりそういう感じよね」
クリスティーヌ・フォン・アウドミラ侯爵令嬢。
帝都学院の同級生。
優雅で冷静、扇子と毒舌を携えた貴婦人枠。
だが、現在は砂漠ルックの貴婦人。
でも、まさかこの砂漠に現れるとは思わなかった。
「それで、どうしてここに?」
「この砂漠地帯は、我が家の所領の一部。冬季休暇を利用して、様子を見に来たというわけですわ」
あ、そうだった。ここの砂漠地帯はアウドミラ侯爵領だったね。
因みに砂漠を越えて一山超えると、我がグランディール領だ。
「……そうだったわね。でも、わざわざ令嬢の貴方が視察に?とても砂漠に進んで飛び込むような性格だとは思わなかったわ」
「ふふっ。心外ね。わたくしとて領主の娘。それに、ウォルタンとは旧知の仲ですのよ。幼少期から、よく父と共にこの地を訪れていましたのよ」
ん?ウォルタン?誰?
「ああ、水守のことですわ。彼女の名前はウォルタンですわ。因みに牙の名前はロカ。どちらもわたくしの幼馴染ですわ」
マジか。知らんかった。
私は思わずアイスティーを吹きそうになった。
「えちょっと待って。水守さんと友達?あの、目から光線ギラギラの?」
「ええ。昔はもっと穏やかでしたけれど……最近は、教会の横暴に悩まされているようで。物資の横流し、儀式の妨害、そして修道院長の暴走。私も、報告を受けて頭を抱えていたところですの」
「……それ、私がこの前解決しちゃったやつね」
「……教会から調停者と査察官が派遣されたというのは存じておりましたわ。ただ、その調停者がエリシアだとは思いませんでした。教会保守派と部族の確執は深く、解決には程遠いと思い、助太刀に参りましたが、どうやら杞憂であったようですわ。さすがエリシアですわね。安心いたしました」
「いやいや、私はただの平均値担当よ。紅茶の温度と魔力の流れを安定させる係ねー」
それを聞いてクリスティーヌは、くすりと笑った。
その笑みは、学院で見せるものより少し柔らかかった。
「出ましたわね平均値……それにしても、水着姿で精霊と戯れているとは。まるで、精霊の巫女のようで………それにこの精霊の数……これも公爵の血筋の成せる技なのかしら。すごいですわね…………」
あー、なんかね。私が散歩がてら修道院から出てくると、自然に集まっちゃうんだよね。
精霊が多くなるとなんだかオアシスの水量も増えるみたいで、緑化作業もやりやすくなって安定するんだよ。
「……では、少しご一緒しても?」
「もちろん。パラソルの下、空いてるわよ。アイスティーもあるし、精霊も飛んでるし。ゆっくりしていってね」
「……なんだか懐かしいですわね。つい半年ほど前までは学院でお会いしていたというのに……あら?そういえばマリアンヌはどこですの?いつもご一緒ですのに」
「ああ……マリアンヌならあそこね」
私が指差したのはオアシスとは反対側の砂漠地帯。見えるのは砂嵐。
距離にして大体300メートルくらい先かな。
「???この晴天で砂嵐?風もそんなに強くありませんわよね?」
しかし、よく見ると砂嵐の中で時たま金属が太陽の光を反射して瞬くのが確認できる。
「あれは……」
クリスがそう呟いた直後、
ギュン。
300メートル先の砂嵐からマッハでマリアンヌ登場。
いやちょっと、この距離を1、2秒って。
汗ひとつ…いや掻いてるか。さすがにこの暑さだとね。
「クリスティーヌ様、お久しゅうございます。もう一つ椅子をお持ち致しますので、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
「……この距離を一瞬で……相変わらずよく解らないですわねマリアンヌ。……ふふっ。でも嬉しいですわ。貴女の淹れる格別なお茶を、久しぶりに味わえますのね」
「ちょっとマリアンヌちゃん!急に戻るなんてどうしたのよぉ。あら?……クリスちゃんじゃない。おひさ♡」
「…………」
マリアンヌに稽古をつけていたカイン教官も同じくらいのスピードで現れて、クリスは開いた口が塞がらなくなっている。
「いろいろと事情があるのよ。まあ、ここの大筋の問題は解決してるから、ゆっくりしていってねクリス」
「え、ええ。色々とお聞きしたいことが沢山できましたわ」
そこへ、書類の束を持った赤ペン先生登場。
「エリシア、この灌漑計画だが、北側と南側で水量の比率を変えることはできるか?このままだと……む、これは失礼。来客中であったか」
ユリウスを見たクリスは今度は目を見開く。
「モノクル、赤い瞳、そしてその赤い筆…”理性の紅筆”様?」
ユリウスはモノクルをクイっとやり、姿勢を正し胸に手を当て、教会の正式な挨拶をする。
「いかにも私は教会査察官のユリウス・グレイヴァルトだ。クリスティーヌ・フォン・アウドミラ侯爵令嬢、お初にお目にかかる。この出会いを神の意志として捧げる。理性ある祈りを」
挨拶を受けてクリスは顔を真っ赤にする。
え?ええ?
「は、は、初めまして!わたくしのことをご存じでしたのね!光栄ですわ!よ、よろしくお願い致しますわ!理性ある祈りを!」
うんとクリス、あんたのそんな顔初めて見るんだが。
なんかモジモジしてるし。
……嘘でしょ。赤ペン先生みたいなのが好みなの?
確かにイケメンだけど、性格アレだよ?
それを見てカイン教官は「あら、あらあらあらぁ」とムフフ顔だ。
楽しそう。
「ああ、侯爵閣下より連絡は受けていた。視察に来たのだろう。まずは遠慮なく寛いでくれ。後ほどここの現状を説明しよう」
「えー、赤ペン先生、そんな連絡、私聞いてないんだけど」
ホントに聞いてなかった私は文句を言う。
ユリウスはため息をつく。
「……ハァ……特に君に伝えなくとも問題はないと判断した。事前に同級生が来ると知れたら、君は歓迎の為に仕事以外のことを色々とやり始めるだろう?まあ、今現時点も仕事をしているとは言い難いが」
「……それはそうね……」
ぐ。反論できねー。
その会話を聞いていたクリスは今度はワナワナと身震いしだした。
なんか表情がコロコロ変わるね。
なんかオモシロ。
「エ、エリシア、ユリウス様を……あ、赤……赤ペン先生などと…しかも、そんな気安く……」
あー、もうなんか急にめんどくさくなってきたなあ。
まーとりあえず座りなよ親友。
アイスティーでも飲んで落ち着こうか。
私は、手帳に記録を残す。
砂漠の修道院・来訪記録
クリスティーヌ:アウドミラ侯爵家令嬢。砂漠地帯の領主代理。水守と旧知。ユリウスのファン?
エリシア:紅茶と皮肉と平均値担当。水着姿で精霊と戯れ中。
ユリウス:仕事人間。赤ペンは健在。
マリアンヌ:目下修行中。目で追えない。
カイン:人の恋路を観察中。目で追えない。
空気:湿度安定。精霊、飛翔中。平均値、貴婦人にも通じる。
そういえば他の同級生、元気でやってるかね?




