X-34 文化祭でたこ焼きって定番だよね。味はまあ、普通?
帝都中央学院・生徒会室
視点:エリシア・12歳
「……まず、紅茶の温度を確認。よし、会議に耐えられる程度」
夏季休暇が終わり、私は帝都学院に戻ってきた。
生徒会室には、私とトリスタン、レオニスが先着していた。
生徒会長である兄トリスタンは、既に議事録を整理中。
そして、皇族枠のレオニス・アレ・エルドランは、相変わらずの他力本願モードである。
「やあ、二人とも。夏は有意義に過ごせたかな?」
爽やかな笑顔でレオニスは机の前に立つと、何の資料も持たずに語り始める。
「さて、10月の学院祭に向けて、生徒会は運営の中核を担うことになる。各部門の調整、予算配分、警備計画、式典の演出。どれも重要な任務だ。……というわけで、よろしく頼むよ」
……うん、知ってた。
この人、言うだけ言って、絶対に自分ではやらない。
「殿下、それはつまり、我々に丸投げという理解でよろしいでしょうか?」
トリスタンが冷静に確認する。
「君たちならできると信じているよ。私は、全体の“雰囲気”を整える役目を担うとしよう」
……ふんいきって、何?
私は紅茶を啜りながら、手帳に記録を走らせる。
生徒会・学院祭準備会議記録
トリスタン:生徒会長。冷静沈着。胃痛予備軍。
レオニス:皇族枠。発言は正論。実務はゼロ。雰囲気担当。
エリシア:紅茶と皮肉と段取り担当。平均値で回すしかない。
そこへ、同級生たちがぞろぞろと顔を出す。
エドモンドは書類を抱えて真面目な顔。
クリスティーヌは涼しげな笑顔で扇子をパタパタ。
リュディアは元気いっぱいに手を挙げ、ミレーネは静かに後ろからついてくる。
「揃ったようだな。では、皆の報告を聞こうか」
は?何の?
「皇族である私は俗世に疎いのでな。皆の夏季休暇中の体験談などを聞きたいのだよ」
いやいや、めっちゃプライベートに関わる事案じゃねーか。
皆息災なようで何よりだーとか、暑い中来てくれてありがとうーとか、まず言う事あるだろーが。
……あ、解ったこれトリスタンの入れ知恵だ。
あーこれ、兄様のことだから、会話の中で個別に話す機会があったら、夏休み中の体験談など聞いてみてはいかがですか?とか言ったんだろう。
兄様、それは悪手です。
現に今、プライベート無視の報告会になってます。
それと兄様、自分でけしかけておいてそこで驚いた顔をしない。
こうなることは予想出来ただろうに。
ハァ…しょうがない。私から犠牲になるか。
「私どもグランディール家は領に戻り、リュディア殿下と共に領都での夏祭りや海水浴等、そこそこ楽しんできましたわ」
「うん!面白かったよねー、マリアンヌのブートキャンプ!」
リュディア、それは言わなくていい。
「ほう、ブートキャンプとは何か」
ほらー。拾っちゃったじゃないか。
「……殿下なのでお話しますが、我が領が抱える隠密部隊の訓練メニューの一つですね。基礎体力上昇が見込める訓練となっています」
「隠密部隊……」
あ、ミレーネがいたな。まーいいか。
「なるほどな。無尽蔵な体力を持っているリュディアの根幹はそこにあったのだな。幼少の頃よりグランディール領に赴いている理由はそれか。私も研鑽を重ねるとしよう」
いえ、重ねなくてもいいです。
その前に空気を読みましょう。
「わたくしも領地は南のほうなので、海の幸を色々と堪能しましたわ。エビやタコなども食しました。それから第二皇子殿下と逢引きなど致しました」
おお、クリスティーヌ、巻き髪が輝いてるよ。
「ほう、一時ランティスの姿が見えないと思っていたが、そなたの領に赴いていたのだな。仲が良いことで何よりだ」
クリスティーヌの領はグランディール領のお隣さんなんだよね。
港を保持していて、うちの領ともなかなか交易が盛んなんですよ。
ただ、領地の半分が砂漠なんだよね。
いつか緑化計画でも提案してみようか。
まあ、その分生息する精霊の力が強くて、その力でクリスティーヌも精霊魔法が得意って感じだ。
「自分は、夏に決まって出没するグレートリザードの討伐に明け暮れておりました。……戦死者は2名です」
oh……エドモンド、なんというか、厳しい領地だな。
うちの領地に居る地竜でも放つか。
食物連鎖が狂っていい感じに…ならんな。
「ふむ……アムネジア辺境伯領は相変わらず過酷のようだな。宰相と財務尚書に、辺境へ回す予算を増額するよう進言しておこう」
「は……感謝いたします」
あ、これはこれで良い方向。
グッジョブ殿下。
言うの忘れんなよ。
忘れても私が言っとくけど。
「わ、わたしは、実家のパン屋の手伝いをしておりました……」
ミレーネ……はい嘘。
こいつ、サンドウィッチやホットドッグ、ハンバーガーや焼きそばパン等多種多様な新参メニューを発信、拡散し、かなりの利益を上げている。
この時点でたぶん転生者確定なんだが、私は知らんぷりしているのだよ。
だって、うまく立ち回らないと私、断罪されないじゃないか。
悪役令嬢にならないとね。
「ミレーネ嬢、そなたの境遇は、重々承知している。……親孝行を行うその姿勢、決して恥ずかしがることはない。現在はバルフォア家で良くしてもらっているのだろう?」
「はい!とてもお優しい義父様です」
この子、聖女特有の魔法が発現したため、とある男爵家の養子になったんだよ。
なろう的テンプレだな。
そして時々実家のパン屋にテコ入れしてるらしい。
帝都の食の流行はこの子がけん引してる。
なんやかんやあるが、経済が上昇するのはいいことだ。
このままレオニスと仲良くなっておくれ。
「皆、有意義な夏季休暇を過ごしたようだな。因みに私は皇族の避暑地にて過ごした。エリシアを誘いたかったが、侍従が許さなくてな。すまなかった」
いえいえ、全然気にしてないです。
むしろ行きたくないです。
一通り報告は終えて、レオニスは満足したらしい。
次回は本当に空気を読んでくれよ。
奴は兄トリスタンに今後の予定、学院祭の事項を促す。
名目上の生徒会長、トリスタンは机の上に様々な資料を広げる。
いずれも学院祭に関わる資料だ。
昨年の記録だな。
模擬店、催し物、予算、来客予定。様々だ。
さあ、カオスな空間が始まるぞ。
「学院祭って、模擬戦あるんですか!?あったら私、グレートソードで出るよ!」
リュディアが元気に叫ぶ。
「リュディア殿下、それは模擬“店”の話ですわよ。戦ではありませんわ」
クリスティーヌが優雅に訂正する。
「えっ、戦じゃないの!?じゃあ、何を斬れば……」
「斬らないで。たこ焼き焼いて」
私が即座にツッコミを入れる。
「模擬店の配置はどうするんです?去年は通路が狭すぎて、焼き菓子の列が混乱していたと記録されていますね」
エドモンドが真面目に提案する。
「それは、去年の配置図が“芸術的”だったからと前書記は記録を残していますわ。誰かさんが“曲線美”を重視した結果……と記載があります」
ミレーネがぼそりと呟く。
「えー、……それ、私じゃないわよね?」
いや、リュディアは去年は居なかったでしょ。
レオニスが目をそらす。
……やっぱりお前か。
クリスティーヌが微笑みながら目を細める。
ああ、クリスも色々気づいちゃったか。
「さて、今年は平均値で配置します」
私は手帳を開きながら宣言する。
「平均値って、便利だよね!」
リュディアが謎の感動を覚えている。
「エリシア嬢の“平均値”は、帝国の安定そのものだよ」
レオニスが、安心した表情で爽やかに言い放つ。
……それ、褒めてるのか?
私は、紅茶を啜る。
温度は安定。
精神は不安定。
……人を使うのが皇族の務めってのは、わかってるんだが。
でも、せめて“使われる側の気持ち”くらい、理解してくれてもいいんじゃないかな。
もちろん、口には出さない。
出したら、また“平均値の皮肉屋”って言われるから。
「では、次の議題に移ろうか。模擬店の配置だが――」
トリスタンの声が響く中、私は静かに手帳を閉じた。
紅茶の香りが、ほんの少しだけ苦く感じた。




