1-34 刺客再襲来
砂漠の修道院近郊・水の部族集落
ゴードン修道院長を帝都に送り出して?から3日、私とマリアンヌは水の部族の集落を訪れていた。
部族そのものの文化調査と、生活環境を確認するためだ。
まあ、一番の目的は水守さんの護衛。
修道院から1時間程度で集落へ移動できるため、通いで文化交流しつつ、刺客がどこから現れるか目を光らせている。水守さんみたいにはリアルに光らないけど。
マリアンヌと牙二人がかりでも太刀打ちできないとなれば、私が出張るしかないんだけれども、マリアンヌは頑なにそれを反対している。
まー、そうだよね。
私自身、あのカインに似通った剣術をどうにか出来るほど強くはないし。
ただ、弱体魔法はまだ奴に試してないから、それが通れば勝機はあるとは思う。
ここ数日は水守さんの家にお邪魔している。
「…………精霊たちが騒がしい。今夜来るだろう。」
一緒にお茶をしていた水守さんが言う。
あー、ついに来ちゃうのか。
今日はここでお泊りか。
「エリシア様、魔力障壁の調整完了。周囲の気配も異常なしです」
マリアンヌが、夜の見回りから戻ってくる。
「ありがとう。紅茶の香りが乱れない程度に張ってくれてる?」
「……はい。安定しています」
私は紅茶を口に含みながら、魔力の流れを整える。
あの剣筋。あの気配。
異様にカイン教官に似ていた。
だがカイン教官でないことは父との通信で解っている。
私は父を通してカイン教官に連絡を入れていた。
「……マリアンヌ、今夜は私も出るわ」
「却下です」
即答だった。
「でも、弱体魔法が通れば、勝機はある。前回は試せなかった。今度こそ決めるわ」
マリアンヌはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……なら、後方支援に徹してください。絶対に前には出ないこと」
「了解。紅茶の温度が乱れない範囲でね」
その時だった。 空気が凍りついた。
風が止み、砂が沈黙する。
「来たな」
近くで瞑想していた牙が呟く。
闇の中から、黒づくめの男が現れる。
黒い包帯に覆われた顔、光る双眸。
前回と同じ、いや、それ以上の殺気。
マリアンヌと牙が同時に剣を抜き、突撃する。
だが、男はそれをいなし、牙の肩を裂き、マリアンヌの脇腹をかすめた。
「くっ……!」
「……弱体魔法《魔力抑制・深層》、発動」
私の詠唱が終わると同時に、男の動きがわずかに鈍る。
かなりの抵抗力だ。だが公爵家の血を舐めるな。
私の闇魔法が奴の抵抗の隙間をついて浸食する。
魔力の流れが乱れ、剣筋にわずかな“遅れ”が生じた。
「今!」
マリアンヌと牙が再び斬りかかる。
だが、それでもなお、男は二人の剣をいなし――
「そこまでよ」
声が響いた。
砂の上に、黒い影が舞い降りる。
「……カイン様!」
マリアンヌが声を上げる。
カイン・ジル・アンデルセン。
帝国最強の剣士にして、我が父の旧友。
実は修道院に昨日到着していた。
事情を話し、飛竜と共に待機してもらっていたのだ。
「……やはり、お前だったか」
オネエ言葉じゃない。
カイン教官は、男を見据えたまま、抜刀の構えを取る。
ん?抜刀?あれ?
カイン教官、貴方の持ってる剣、それどう見てもポン刀 なんですが。
男は何も言わない。 ただ、剣を構え直す。
「……話くらい聞けよ。お前が何を思ってここに来たのか、俺は知りたいだけだ」
沈黙。
そして、斬撃。
男は一言も発せず、カインに斬りかかる。
だが、私の弱体魔法が効いている。
その動きは、かつてのような鋭さを欠いていた。
それと同時にカイン教官から発せられる衝撃波。
え、音速?え?天翔〇閃?
ぜんっぜん見えない。
巻きあがる砂。そして、残ったのは左腕を失った刺客。
カイン教官の刀が、男の左腕を肩から切り落としていた。
なにこれ。次元が違いすぎない?
「……!」
男は無言のまま、転がった左腕を拾い上げると、 闇に溶けるように姿を消した。
静寂が戻る。
風の音すら聞こえない、張り詰めた夜。
水と土の精霊たちが明滅しながらふよふよと、私の周りに心配してるかのように集まってくる。
「……終わった、のか?」
牙が、肩を押さえながら呟く。
カインは剣を納め、こちらを振り返った。
「今回の暗殺は、これで“失敗”扱いになるわね。奴は任務に失敗した時点で、しばらくは動けないわ。水守は、当面は安全よ」
私は、深く息を吐いた。
紅茶の香りが、ようやく戻ってくる。
「……カイン様、あの男は……?」
カインはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……私の弟よ。名前はアベル。昔は、私と同じ剣を振るっていたわ。でも今は、影の中で生きている」
私は言葉を失った。
弟――? あの剣筋が似ていたのは、偶然じゃなかったのか。
「……そう。だから、止めに来たのね」
「そうよぉ♡…………でもぉ……」
カインは、ふと真顔に戻る。
「……次に奴に出会う時は、俺は居ないかもしれない。気を抜くなよ、エリシア」
「……ええ。紅茶の温度が乱れない程度には、警戒しておくわ」
それはそうと、私はその刀にかなり興味があるんだけど。
いやホント、見た目まんま日本刀。
え?なんで?
しかも抜刀術とか。
「さあ、休みましょう♡今日はもう遅いし、明日詳しく事情を話すわ」
う。今日はもう遅いから聞くのは無理か。
ひとまずマリアンヌと牙の治療をして、今回はお開きとなった。
あ、毒は今回はなかったよ。良かった。




