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X-33 マリアンヌのドキドキブートキャンプ。それと兄

領都グランディア郊外・海水浴場(グランディール家プライベートビーチ)

視点:エリシア・12歳


「……まず、日差しの強さを確認。よし、紅茶の香りが逃げない程度」


グランディア郊外にある海水浴場。

かつて私が整備したこの場所は、今や領内屈指の観光地。

白砂の浜辺、魔力冷却式のシャワー設備と水質管理。

景気の良いグランディール領ならではの贅沢仕様である。


その端にある、グランディール家のプライベートビーチ。

今日はここで、いつメンとバーベキューを楽しむ予定だった。

だったのだが――


「さあ!まずは浜辺ダッシュです!全力で走ってください!」


マリアンヌが、軍隊式の号令をかけている。

白い水着にサンバイザー、手には謎のホイッスル。

どう見ても、バーベキュー前の準備運動の域を超えている。


「了解です!マリアンヌ教官!」


リュディアが、グレートソードを背負ったまま砂浜を疾走する。


「はい!オンディーヌ、フォームが美しいです!そのまま!」


「ありがとうございます!でも、砂が柔らかくて足が沈みます!」


「それが鍛錬です!」


……いや、違う。

これはバーベキュー前のレクリエーションであって、軍事訓練ではない。

おいおい、ビーチフラッグまで始めちゃったよ。


トリスタンは、日陰で静かに読書している。

兄よ、逃げるのが早いナリよ。

さすが平均値の守護者。


私は、紅茶を片手にビーチチェアでくつろぎながら、手帳に記録を残す。


「マリアンヌ、そろそろ肉を焼く時間じゃない?」


「エリシア様、肉は戦いの後にこそ美味しくいただけます。まずは全身の筋肉を活性化させてから――」


「……それ、バーベキューじゃなくて戦闘食の理論よね?」


なんか数キロ歩いて商店街を抜け、我慢しながら最後のご馳走と酒にありつく番組を思い出していると、リュディアが、砂まみれで戻ってくる。


「エリシアー!見て見て!砂浜で剣技やると、足腰が鍛えられるよ!」


「……それ、海水浴場でやることじゃないわよね?」


オンディーヌも、汗だくで戻ってくる。


「エリシア様、マリアンヌ教官の訓練、非常に有意義です!でも、そろそろ水分補給を――」


「はい、冷茶です」


マリアンヌが、無表情で冷茶を差し出す。


「……ありがとう。紅茶の温度管理が、私の精神安定に直結してるから……って私じゃなくてオンディーヌにあげようか。」


すんげー苦しそうだぞ。


私は紅茶を片手にビーチチェアからそっと抜け出し、 少し離れた静かな浜辺へと歩いていった。


そこには、トリスタンがいた。 読書は飽きたらしい。

日陰に座り、砂を指でなぞりながら、何かを描いている。


「……兄上、何してるの?」


「ん。城を作ってる」


「……砂で?」


「砂で」


私は隣に腰を下ろす。

波の音が心地よく、紅茶の香りも邪魔されない。


「……それ、グランディア城?」


「いや、もっと小さい。エリシアが住むくらいのサイズ」


「……それ、私の部屋ってこと?」


「うん。紅茶の魔力保持陣もつけてる」


「……兄上、わかってるじゃない」


トリスタンは、黙々と砂を積み上げる。

塔、門、庭園。 細かい装飾まで施しているあたり、芸が細かい。


「……平均値の守護者って、こういうこと?」


「違うと思う」


「……だよね」


私は、紅茶を一口飲みながら、砂に指を伸ばす。

隣に、小さな猫の像を作ってみる。

昨日、屋敷の中庭で見かけた黒猫を思い出しながら。


「……それ、猫?」


「うん。昨日の子。あの子、私の紅茶の香りに寄ってきたのよ。わかってるわね、って思った」


「……猫も平均値が好きなのか」


「それは違うと思う」


兄妹は、しばらく黙って砂をいじる。

遠くでは、リュディアが「筋肉は裏切らない!」と叫びながら走っている。

オンディーヌは「マリアンヌ教官、水分補給を!」と叫んでいる。

マリアンヌは「水分は戦闘後に!」と叫び返している。


「……騒がしいね」


「うん。でも、ここは静かだ」


兄よ。今日も安定して影が薄いぞ。


砂浜の端に設けられたグランディール家専用のバーベキューエリア。

魔力冷却式(エリ冷)の食材保管庫、精霊風式の煙拡散装置、そして紅茶専用の温度保持魔法陣。

完璧な設備。完璧な夏。完璧な平均値。


「さあ!焼きますよ!まずは肉です!肉は戦いの後にこそ輝きます!」


マリアンヌが、軍隊式の号令で肉を網に並べていく。

その手際は、もはや料理人ではなく戦場の補給兵。

いや、ただの焼肉奉行か?


「マリアンヌ教官!この肉、斬っていいですか!?」


リュディアが、グレートソードを構えて肉に向かう。

私は慌てて止める。


「斬らないで!焼いて!」


「オンディーヌ、火加減はどうですか!」


「はい!魔力風を弱めに調整しました!脂が跳ねてきます!」


「それは焼けてる証拠です!」


……いや、違う。

それは危険信号。

脂が跳ねてオンディーヌの髪が焦げかけてるな。


トリスタンは、日陰で静かにサラダを盛り付けている。

兄上、逃げるのが早い。そして影が薄い。

さすが平均値の守護者(2回目)。


私は、紅茶を片手にビーチチェアでくつろぎながら、手帳に記録を残す。


「マリアンヌ、焼き野菜の配置は?」


「エリシア様、野菜は肉の隣に置くことで脂を吸収し、風味が増します。ただし、平均値を超えると焦げますので注意が必要です」


「……平均値って、野菜にも通じるのね」


ジンギスカン理論だな。

ジンギスカン鍋作ったら売れるかな?

うーん、南部鉄のような硬くて粘りのある鉄鋼があればいけるか。

リュディアが、焼けた肉を串に刺して戻ってくる。


「エリシアー!見て見て!肉、斬らずに焼けたよ!」


「うん……それ普通のバーベキューね」


オンディーヌも、汗だくで肉を運んでくる。


「エリシア様、焼き加減は“中庸”です!平均値に近いと思います!」


「……ありがとう。紅茶の温度と焼き加減が一致してると、私の精神も安定するから」


こうして、グランディアの夏は、紅茶と肉と筋肉に包まれて進んでいく。


私は、手帳に記録を残す。


海水浴場・バーベキュー記録


リュディア:戦姫モード。肉を斬りそうになるも焼きに成功。

オンディーヌ:天然炸裂。脂に跳ねられながらも火加減調整。

トリスタン:日陰のサラダ枠。逃げ足が早い。影が薄い。

マリアンヌ:補給兵モード。肉と野菜の配置に平均値理論を導入。

エリシア:紅茶と皮肉と記録担当。焼き加減と精神安定が連動。

空気:香ばしい。焼肉って最高だよね。


ああでも、みんなと遊ぶのは今回はこれで最後だな。

来週からはまた学院だ。

あー、だるい。行きたくねーよ。


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