1-33 仕事という名の休暇?
砂漠の修道院・食堂・正午
「え?赤ペン先生、いまなんと?」
「……赴任期間が伸びたと言っている。砂漠の緑化作業は都度、専門家による監督の必要性があることを伝えた結果、枢機卿会議から緑化が安定するまでは、エリシア嬢にここに居るようにとの指示を受けた。」
「お、おおお……」
あの儀式から1週間、現在私はここの修道院周辺にまで伸びたオアシスを活用し、精霊と戯れながら砂漠の緑化作業を進めていた。
ここにきて枢機卿会議からの通達である。
やっと…やっとだ。
ようやくスローライフが実現する。
「よかったですね。エリシア様…ここまでお疲れさまでした」
「ありがとうマリアンヌ。これも貴女の献身のおかげよ」
この世界に転生して17年、ここまで長かった…。
だがユリウスはそんな私に対して無情な言葉を掛ける。
「あ、いや、ずっとではないぞ。長くても半年が関の山だろう」
「…………」
夢破れる。
えーそんなー。
「これってアレよね?私の休暇中の出来事はかなり端折られて、次話にはもう半年後に飛ぶパターンよね……で、いつも交互に投稿してる過去編のほうが盛り上がるのよ。おのれ作者、許すまじ」
「何を言っているのかはわからんが、お前は赴任期間が伸びたことを休暇と捉えているのだな」
「だって、紅茶の温度は安定してるし、精霊は可愛いし、マリアンヌはいるし……」
「……仕事は?」
「……紅茶の温度管理が最優先ね」
「エリシア様、残念ながらそれは仕事ではございませんね」
マリアンヌの冷静なツッコミが刺さる。
その時だった。食堂の扉が、ドン、と乱暴に開かれた。
「失礼」
入ってきたのは牙だった。
その後ろに、ずんぐりとした汗だくだく中年の男が、半ば引きずられながらついてくる。
「おや、牙。どうしたの?朝から物騒な登場ね」
「連れてきた。こいつが、例の修道院長だ」
「おお……」
私は思わず声を漏らした。
ザビエル頭に、脂ぎった顔。
首元の金の十字架が、やけにギラついている。
「ふん、こんな辺境にまで引きずられてくるとは……まったく、貴族の道楽に付き合わされるとはな。私は本来、帝都での任務が――」
「おや、ようこそ。ゴードン修道院長殿」
ユリウスが、紅茶を啜りながら静かに言った。
あ、この人ゴードンって名前なのね。
彼は自分より若いユリウスを見ると、ニヤリと笑い、胸を張って上から目線に移行した。
いや、そのでっぷりとした腹を突き出したようにしか見えないけど。
「ほう、貴殿が新たな修道院長か。ふむ、なかなか威厳のある顔立ちだ。よろしい、貴殿には期待しているぞ。私が帝都に栄転した後も、せいぜい部族どもに甘い顔をせず、厳しく――」
「……私は査察官だが」
「……は?」
「帝国教会直属、一級査察官、ユリウス=グレイヴァルト。この修道院の不正調査と、調停の監督を任されている」
「…………」
ゴードンの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
脂の下に、血の気が引いていくのがわかる。
「し、し、失礼いたしました!これはこれは、査察官殿!いやぁ、まさか、こんな辺境にまでお越しいただけるとは!いやはや、ありがたき幸せ!……で、ではそこの修道女!貴様が次の修道院長だな?随分若いな…さては、枢機卿に色目を使ったのであろう!」
なんだろうな。
もう絵に描いたような小物感。
「……エリシア・フォン・グランディールと申しますゴードン様。わたくしは枢機卿ラファエロ猊下の命により、ここの修道院と水の部族との調停を任された者ですわ。お見知りおきを」
「ラファエロ……そ、それにグ、グランディールだと…もしや…」
情報過多なのか、このおじさんはガクガクと足を震わせ、口をパクパクさせている。
うん、キモイ。ただでさえあぶらギッシュな風体なのに。
どっちにしろこの人はここにはもう居られないでしょう。
「さっきまで“部族ども”って言ってたわよね?」
私がにっこりと笑いながら言うと、ゴードンは顔を引きつらせた。
「い、いえいえいえいえ!とんでもない!私は常々、部族の皆様の文化的価値を高く評価しておりまして!ええ、ええ、もちろんですとも!」
「じゃあ、それは何かしら?」
牙が、ずしりと重そうな袋をテーブルに置いた。
中には、乾燥保存食、魔力補助具、精霊花の種子、そして――
「……紅茶の葉?」
「それは君の分だな」
ユリウスが即答した。
「この男、お前らが来る二日ほど前に修道院から逃げ出し、支援物資を丸ごと持ち出そうとしていた。 いつもより大量に届いていたからな。物欲に目が眩んだのだろう。生鮮品は腐ってしまったが、それ以外は回収済みだ」
「おのれ……牙……!貴様さえいなければ……!」
「ん?何か言ったか?」
牙がにっこりと笑うと、ゴードンはぶるぶると震えながら首を横に振った。
「い、いえいえいえ!感謝しておりますとも!まったく、私のような者が、あのような誤解を受けるとは……いやはや、世も末ですな!」
「誤解じゃなくて現行犯だったって聞いたけど?」
「そ、それは……その……」
「まあ、いいわ。とりあえず、物資は戻ったのね。ありがとう、牙」
「礼はいい。俺は俺の仕事をしただけだ」
「うん、でも助かったわ。これで精霊花の植栽も更に進められる」
牙は笑ってマリアンヌとも挨拶を交わすと、食堂から出て行った。
私は手帳を開き、さらりと記録を走らせる。
砂漠修道院・修道院長帰還記録
ゴードン:ザビエル頭。脂と傲慢の塊。反省ゼロ。
牙:有能。現行犯逮捕。紅茶の守護者。
ユリウス:新任修道院長と誤認される。査察官モード発動。
支援物資:一部返還。紅茶の葉、無事。
エリシア:紅茶と皮肉と記録担当。スローライフを継続中。半年でもありがたい。
空気:湿度安定。平均値、精霊にも通じる。精霊のふよふよ感はかわいいぞ。
ユリウスは一枚の羊皮紙を取り出すと、固まったままのゴードンに向けて言い放つ。
「さて、ゴードン修道院長、貴殿には横領罪、逃亡罪などいくつかの罪状と嫌疑が課せられている。こちらは教会本部からの出頭命令書だ。そんなにここが嫌なのであれば、これを持って早々に本部へ帰還するのがよかろう」
「ぐっ…………わ、分りました…………あ、あの……帰還するためには水と物資が必要です…3日分ほど…」
歩きで3日。私もここに来た時そんくらいかかったなぁ。
マリアンヌのおかげでそんなに不便ではなかったけど。
3人でラクダに乗ってきたんだよね。
「案ずるな。エリシア嬢のおかげで現在この修道院の物資は潤沢だ。必要な分だけ持っていくがいい。…但し、護衛はつかん。貴殿一人だ」
「く……分りました……」
そう言うとゴードンのおじさんは命令書を受け取り、トボトボと食堂を出て行った。
ああ、これは体のいい追放だね。
でもこの人はある意味自由を手に入れたのか。
そのまま逃げてもいいわけだし。
まー、教会本部を相手に逃げ切れたらの話だが。
あ、解決してない案件があるのを思い出した。
「さて、あとはあの刺客の件だけだな」
赤ペン先生、それは私のセリフでわ?
「……通信魔法で父には連絡したわ。すぐに対処するとは言っていたけど、しばらくは水守のそばに護衛は必要ね。牙だけじゃ物足りないわ」
普通にやられてたもんね牙。
刺客のあの怪我の様子だと、回復魔法を使用したとしても2週間は動けないはず。
水守や牙によると、既に精霊の奇跡の範囲にもいなかったという話だし、あと数日は大丈夫だろう。
こっちが警戒するから、奴も次は前回みたいに真正面からは来ないだろうし。
それまでに何か対策しないとな。
「仕事……しているではないか」
「赤ペン先生、うるさいよ」
私は苦笑しながら答えた。




