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1-31 砂の祈り ― 水守と剣と器

砂漠の修道院前 特設儀式場


飛竜便が届いたのは夜明け前だった。

遮風林の苗木、魔力補助具、精霊花の種子――必要なものはすべて揃った。

私は修道院前の広場を見渡し、風向きと魔力障壁の安定を確認する。

儀式は、始まれば途中で止められない。

だからこそ、場を整えるのは私の仕事だ。


そして迎えた儀式当日、儀式の場には、部族の代表者たちが集まり、静かにその時を待っている。


満天の星が輝く中、部族の女性たちが円を描くように舞い始める。

その中心で、水守が静かに祈りを捧げていた。

空気が震え、金色の光玉――土の精霊たちが現れ、嬉しそうに水守の周囲を漂い始める。


舞と祈りが最高潮に達した瞬間、 水守の足元から、水の精霊とともに水が噴き出した。


水たまりが池へ、池が貯水池へ、そして湖へ。

砂漠が、命を宿し始めていた。


「……まるでラスベガスのウォーターショーね」


私は静かに呟いた。

映像でしか見たことないけどね。


その瞬間、空気の流れが変わった。

わずかな殺気――私はすぐに気づいた。


”牙”が、空を裂くように飛んできて、踊りの輪の手前に着水した。

血に染まり、膝をついたまま動けない。

来たか。儀式を邪魔する不届き者が。


その背後から、黒づくめの男が現れる。

長身、長剣、顔は黒い包帯で覆われ、目だけが覗いていた。

こわ……。


「マリアンヌ、制圧。水守を守って」


私は即座に命じた。


「……畏まりました」


マリアンヌが暗器を抜き、男に向かって駆ける。

だが、奴の剣筋が見えない。

彼女ですら、押され気味だった。


水かさは膝下まで増していた。

動きが制限される中、私は補助魔法(バフ)を発動する。

今しかない――そう判断した。

敏捷性向上。

腕力、防御力強化。


一瞬、マリアンヌが優位に立つ。

だが、男はさらに速度を上げ、再び拮抗する。

マリアンヌの腕や頬に、かすり傷が増えていく。

え、マジで?私の防御術式を破ってる?素の状態で?


「まずい……」


そう感じた瞬間、後ろで牙が立ち上がり、加勢に入った。


「奴は、水守を狙う刺客だ。今までの誰よりも手強いぞ」


私を追い抜きざまの牙の声は低く、怒りに満ちていた。


二対一。 だが、男は二人の連携をいなし、ついには――


マリアンヌの腹に、長剣が突き刺さった。

背中まで貫通し、血が水面に広がった。

え?は?なにそれ?


「マリアンヌ!」


私は叫んだ。


だが、彼女はにやりと笑った。

一瞬こちらを見た気もする。

腹筋で剣を固定し、男の動きを封じる。

その刹那、靴のつま先から飛び出した小剣が、男の脇腹に深く突き刺さる。


男は呻き声を漏らし、剣を手放すと、脇腹を抑えながら後ずさり、水場から撤退していった。


牙も重傷なのか追うことはできず、陸に上がって膝をつく。


「っ!……治療を!」


すぐさま私は彼女を抱きかかえ、叫ぶ。

数人の修道女が駆け寄り、合同で治療魔法をかけていく。


だが、マリアンヌの顔は青ざめ、なぜか出血は止まらない。

……おいおいおいおい。


ユリウスがその様子を見て、悔しそうに告げた。

「その剣には、暗殺用の毒が塗られている。……専用の血清が必要だ……通常の解毒魔法では効かないだろう……しかも内臓を貫通し、背中に突き抜けている……残念だが…この砂漠では……」


絶望が、胸を締めつける。

気が付けば頬を涙が伝っていた。

え?……なにこれ?


「……エリシア様……泣かないでください。……いままで有難うございました。私は本当に、幸せでした」


マリアンヌは、微笑みながら静かに礼を述べると、意識を失った。

え?え?え?わかんない。わかんねーよ!

これこんな小説だったっけ?!ざまぁ系だろ?!

人が死ぬってなんだ?!ふざけんなよ?!ダンジョンでもこんなことなかったぞ!

隠密部隊最強だろ?!ここは「実はかすり傷でした。驚きました?てへぺろ」とか言って笑うところだろ?!

お前は序盤で死んでしまうキルヒ〇イスかよ!違うだろ!

それに俺まだスローライフしてねーよ!

待て、待って。落ち着け。おい転生したおっさん、なんかあるだろ。

前世の記憶を頼り、あらゆる可能性を探る。

だが、10年来の親友の体温は、刻一刻と失われていく。

私は、唇を噛みしめる。 血が滲むほどに。

嘘だろおい……。


その時、牙が足を引きずりながら近づいてきた。


「……唄え」


「……は?」


「2年前まで、この地の儀式では、修道女たちが讃美歌を唄っていた。精霊たちが喜び、奇跡が起きることもあった。もし、望むなら――それだけだ」


沈黙の中、古株の修道女が一人、声を上げた。

澄んだ声が、夜明け間近の空気を震わせる。


”隣人を愛せよ”


どこの国にもありそうなスタンダードな讃美歌だ。

私もこの歌は知っている。


やがて、他の修道女たちも唄い始める。

そして私も、天を見上げて唄う。

その合唱は、舞と祈りと一体となり、精霊たちは天高く舞い上がった。


水はさらに増え、マリアンヌを抱く私の膝まで届く。

水面が輝き、精霊たちがひときわ強く光を放った瞬間――


マリアンヌの身体が、微かに動いた。


「……寝息?」


血は止まり、傷は癒え、毒の気配も消えていた。

体温が戻り、マリアンヌは安らかな表情で眠っていた。

は、はは……。

涙が止まらなかった。


”器”は、そもそも私が用意するものではなかった。

なんてことはない、心のこもった……”唄”だったのだ。


讃美歌が終わると、舞も祈りも静かに終わりを迎えた。


私は、温かいマリアンヌを抱いたまま、 砂漠の朝日にまぶしく反射する水面を、しばらく見つめていた。


シリアスは苦手です。

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