X-30 夏季休暇と領都の五重奏 ― 騒ぎと紅茶と平均値
グランディア領都・祭り会場
視点:エリシア・12歳
「……まず、日差しの強さを確認。よし、紅茶の香りが逃げない程度」
学院生活初の夏季休暇。
私は久々に実家である領都、古都グランディアに帰ってきていた。
理由は簡単――帝都にいても暇だから。
紅茶の温度も乱れるし、議事録もないし、断罪フラグも育たない。
帝姫教育もこの時期はお休みだ。
そこに、当然のようにリュディアがついてきた。
「だって、エリシアの実家って広いし!あと、領都って今お祭りだよね!?行こ行こ!」
「……皇女の威厳、帝都凱旋門に置いてきたわね?」
「うん!あと、スイカ割りしたい!」
そして私を追うように兄トリスタンも休暇で帰還。
そして、彼の侍女マリアンヌの従妹――オンディーヌ15歳も同行していた。
オンディーヌは、昔からリュディアに引っ張られる形で遊んでいた仲間。
リュミエール一門の中でも剣の腕は確かで、性格は天然気味。
隠密部隊の一員ではあるけど、どちらかというとトリスタンに仕える騎士に近い立場かな。
そして、剣のライバルであるリュディアと並ぶと騒がしさが倍増する。
今日は領都の夏祭り。久々にそろった幼馴染と一緒に街に繰り出している。
方々から色んな商人や楽団、劇団、大道芸人が訪れて大騒ぎだ。
祭りに参加する裕福な家庭も増えてきて、我が領はバブルを迎えている。
あとはこれを維持する努力をしなくてはね。お兄様。
(自分でやる気は毛頭ない。)
「エリシア様、今日の風向きは良好ですね。スイカ割りには最適です」
「……スイカ割りに風向きは関係ないわよね?」
「でも、リュディア様が“風を読むと命中率が上がる”って」
「……それ、剣術じゃなくて弓術の話ね」
トリスタンが、静かにため息をついた。
「……妹と皇女と侍女の従妹が揃うと、領都が騒がしくなるな」
「兄上、あなたがいることで平均値が保たれてるのよ。いなかったら、屋台が炎上してたわ」
マリアンヌが、無表情で冷茶を差し出す。
「エリシア様、気温が平均値を超えておりますので」
「……ありがとう。紅茶の温度管理が最優先よ」
領都の中央広場は、ものすごい人込みでにぎわっていた。
私の姿を見て領民も盛り上がってる。
「あ!お嬢だ!お嬢が帰って来てるぞ!」
「あ、ホントだ!リュディア様もいる!」
あーうん、みんな元気そうね。
時々手を振って令嬢っぽさをアピール。
会いに行ける公爵令嬢状態。
みんな笑顔だ。いいね。こういうの。おっちゃん泣いちゃうよ。
屋台、踊り、魔法爆竹。
そして、スイカ割り大会。
「よーし!リュディア、オンディーヌ、出番よ!」
私が指を鳴らすと、二人が剣を構えて並ぶ。
「スイカ、斬るよー!」
「はい、斬撃準備完了です!」
スイカ割大会担当のおっちゃんが、「え、真剣はちょっと……」とオロオロしている。
が、領都で有名な私の姿が見えているので色々察して強くは出れない。
不憫である。
トリスタンが、頭を抱えながら言った。
「……これ、領軍に通報されないか?」
「大丈夫よ。私は無意味に無理は言わないってみんなは知ってるから」
トリスタンは苦笑する。
「……ここでは暴君だったのにか。」
「結果的に皆幸せなんだからいいじゃないの」
マリアンヌが、無言でスイカを差し出す。
「エリシア様、平均値の硬度です。斬撃には十分ですが、魔法は控えめに」
「……スイカに魔法使うの、やめてくれる?」
スイカ割り騒動のあと、私たちは領都の祭り会場へと移動した。
ちなみに綺麗に斬ったスイカはスタッフで美味しく頂きました。
夜の花火大会が始まるまで、屋台を巡り、踊りを眺め、平均値を探す旅が続く。
「エリシア!見て見て!焼きとうもろこし!」
リュディアが串を振り回して走ってくる。
「……それ、武器じゃなくて食べ物よね?」
「うん!でも、投げたら当たりそう!」
「……ほんとに投げないでね。リュディアが投げると確実に当たるから」
オンディーヌが、真剣な顔で言った。
「エリシア様、屋台の綿菓子、魔力反応がありました。これは精霊の加護を受けている可能性があります」
「……それ、ただの砂糖よね?」
「でも、ふわふわしてて、魔力の気配が……あっ、飛びました!」
「……風で飛んだだけよね?」
トリスタンが、静かにため息をついた。
「……妹と皇女と侍女の従妹が揃うと、夜でも騒がしいな」
「兄上、あなたがいることで平均値が保たれてるのよ。いなかったら、屋台が爆発してたわ」
このくだり2回目だな。がんばれトリスタン。
領都の良識は貴方が支えるのだ。
マリアンヌが、無表情で冷茶を差し出す。
「エリシア様、夜間でも紅茶の温度管理は重要です。花火の熱で香りが乱れる可能性があります」
「……ありがとう。紅茶の香りが乱れると、私の精神も乱れるから」
そして、夜空に第一発目の魔法花火が打ち上がる。
音と光が広がり、群衆が歓声を上げる。
「すごい……空が燃えてるみたい!」
オンディーヌが目を輝かせる。
表現は物騒だが。焼夷弾かな?
「でも、あの火花、精霊の舞に似てませんか?あっ、あの形、スイカに見えます!」
「……見えないわよ」
リュディアが、花火に合わせて踊り始める。
トリスタンが止めようとするが、オンディーヌも一緒に回り始めた。
「リュディア様、回転剣舞ですね!私も参ります!」
「違う違う!これは夏の舞!」
「なるほど!でも、剣を持って踊ると迫力が増します!」
「……誰か止めて」
民衆は微笑ましい目で彼女たちを見ている。
いや、花火見て。お願いだから。
私は、手帳に記録を残す。
夜の花火大会・記録
リュディア:踊る皇女。とうもろこしを武器に。
オンディーヌ:天然炸裂。綿菓子に魔力を感じ、花火にスイカを見る。
トリスタン:苦労人枠。平均値の守護者。影が薄い。
マリアンヌ:紅茶の温度管理係。無表情で冷茶を差し出す。
エリシア:紅茶と皮肉とツッコミ担当。
空気:花火で乱れ、平均値は今日も迷子。
こうして、エリシア12歳の夏季休暇は、紅茶と天然と踊りに包まれて進んでいく。
夜空は華やかに、夏風に髪は揺れ、ツッコミは今日も冴え渡る。
紅茶は冷茶に変わり、平均値はまだ見つからない。
でも幼馴染たちとの再会は、騒がしくて、懐かしくて、 そして――少しだけ、幸せだった。




