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X-29 初夏の茶会 ― 紅茶と巻き髪と断罪フラグ

帝都学院・中庭

視点:エリシア・12歳


「……まず、風の強さを確認。よし、紅茶の香りが逃げない程度」


今日は、生徒会主催の初夏の茶会。

学院中庭にテーブルが並び、紅茶と菓子が用意されている。

企画・監修:エリシア・フォン・グランディール。

紅茶の銘柄選定から、菓子の糖分バランスまで、平均値を死守した。

が、はっきり言ってめんどくさい。

だけど私の断罪フラグを立てるためにがんばりますよ。

レオニスとミレーネの接触時間を調整しなくては。


「エリシア、今日の茶菓子、完璧だね!このクッキー、剣の形してる!」


リュディアが、剣型クッキーを振り回している。


「……それ、振り回すものじゃなくて食べるものよ」


「でも、戦えるよ!? ほら、クッキー斬り!」


え?マジか、剣型のクッキーで、丸盾型のクッキー…って普通のクッキーを一刀両断したぞ。

一流の武人は武器を選ばないって聞くが、リュディア、もうその域にまで達したの?


「……平均値、どこ行ったのよ」


もうカインを超えてるんじゃない?

クリスティーヌが、巻き髪を揺らしながら優雅に座る。


「まあ、紅茶の香りは合格ですわ。ただ、日差しが少々強いですわ。巻き髪が乾燥してしまいますの」


「あら、生徒会のテーブル、もう少し木陰のほうにするべきだったかしらね……」


ふむ、まだ真夏にはなりきれてない今だからと思ってこのタイミングにしたが、次回はもうちょい涼しい時期に開催するかな。

太陽が昇りきらない午前中に設定はしたけど、確かに皆ちょっと暑そうだ。うーん、失敗失敗。

まあ、みんな若いから大丈夫でしょう。

エドモンドが、静かに菓子の成分表を見ながら言った。


「糖分は控えめ。ただし、リュディアの摂取量は平均値を超えています」


「えっ、三枚しか食べてないよ!?  ……あ、今ので四枚目だ」


成分表なんて作った記憶はないんだが。

あ、エドの自作なのね。納得。

リュディア、さすがにそれ以上食べると昼食が入らなく…もないか。

それでもこいつは太らない。

まったくもって羨ましい。


ミレーネが、うっとりした顔で紅茶を見つめていた。


「この茶会……まるで、運命の出会いの舞台ですわ。皇子殿下と、静かに紅茶を飲みながら、心を通わせる……」


「……それ、茶会じゃなくてお見合いコンパのイベントよね?」


それを聞いてミレーネがキッとこちらを睨む。

あ、ごめんごめん、ツッコミはクセでね。

この調子でいい感じに嫌いになってくれたまえよ。

レオニスが、完璧な微笑みで言った。


「茶会とは、心を通わせる場であり、互いの理解と敬意を育む貴重な機会だ。今日のこの場を整えてくれた君たちの尽力に、心から感謝する。リュディア、君の明るさが場を和ませ、皆の緊張を解いてくれた。クリスティーヌ、君の美意識と細やかな気配りが、茶会の品格を高めてくれた。エドモンド、君の冷静な分析と調整が、準備の精度を支えていたことは言うまでもない。そしてミレーネ、君の献身と優しさが、場に柔らかな彩りを添えてくれた。また、グランディール家の侍女、その所作は完璧で、紅茶の香りまで計算されていたと聞く。最後に、エリシア。君の采配は見事だった。全体の流れから空気の管理に至るまで、君の判断は的確で、まさに調和の中心にあった。君たち全員の働きが、この茶会を成功へ導いたのだ」


…なげーよ。

お前が空気の管理とかゆーなや。


「……ありがとうございます。ですが、紅茶の温度が下がる前に話を終えてくれると、もっと助かりますね」


「ああ、だめだよエリシアそんなこと言っちゃ。すみません殿下」


「兄様…いたのね。全然気が付かなかったわ」


というか、今のセリフの中にトリスタンのくだりあった?なかったよね?

たぶん事前にトリスタンが考えたセリフだろう。

だけど兄のことだから、ゆっくり会話の節々で一人ずつこんな感じで丁寧に褒めてくださいねと説明したはずだ。

いっぺんに言っちゃったよこの人。

覚えるのはすごいと思うが、肝心なところでどっかおかしい。


「ふっ……相変わらずトリスにも私にも辛辣だな。だが生徒会としては助かったし、茶葉の選別も完璧であった。これでは文句も言えんな」


いえいえ、不敬罪かなんかで早々にクビにしてもらってかまいませんよ。

そのとき、私の後ろからマリアンヌが静かに現れた。

銀盆を持ち、完璧な所作で紅茶を注ぐ。


「殿下、こちらは“陽だまりのダージリン”でございます。香りの立ち方を調整しております」


お、爽やか系の香りか。夏にぴったりだね。

ふう、落ち着こう。

私は隙を見てマリアンヌと小声で会話する。


「……マリアンヌ、あなた、いつの間に茶会スタッフになったの?」


「お忘れですか?エリシア様のご命令です。二日前、“紅茶の香りが乱れたら、断罪フラグが立たなくなる”と仰っておりましたので」


「……そんなこと言った覚えはないけど、否定できないのが悔しいわね」


ミレーネが、そっとレオニスの隣に座る。


「殿下……この紅茶、私が選んだものですの。お口に合えば嬉しいのですが……」


「…ありがとうミレーネ嬢。この香りは君の雰囲気にとてもよく似ているな。清楚で、儚げな感じだ」


「……えっ(ぽっ)」


おおー。相変わらず猫かぶっとるなー。

おお、ミレーネ、私に向かって勝ち誇った顔をしているぞ。

最近ではここ一番のどや顔だな。

うむ。順調に脳内で断罪フラグを育てているようで何よりです。


私は、手帳に記録を残す。


初夏の茶会・記録


リュディア:剣型クッキーで戦闘開始。

クリスティーヌ:巻き髪は日差しとの戦い。

エドモンド:糖分監視官。

ミレーネ:乙女ゲーム脳、断罪フラグ育成中。

レオニス:猫かぶりモード、紅茶評価高。

マリアンヌ:紅茶の守護者。

トリスタン:影が薄い。

エリシア:紅茶と平均値とツッコミ担当。


こうして、エリシア12歳の初夏の茶会は、紅茶と皮肉と断罪フラグに包まれて進んでいく。

平均値は迷子。

でも、ツッコミは今日も元気。

紅茶は冷める。 でも、混沌はまだ温かい。

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