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X-28 初陣 ― ダンジョンと遊撃と乙女の矜持

帝都郊外・初心者ダンジョン

視点:ミレーネ・12歳


「……まず、足場の安定性を確認。よし、転倒時のダメージは平均値」


公爵令嬢が呟く。

出会ってから時々”平均値”を連呼しているけど、なにかあるの?


帝都学院・学外研修。

入学から一か月、初めての実地訓練。

場所は帝都郊外の初心者ダンジョン。

とはいえ、油断すれば怪我もする。

リュディア殿下から、回復役がいないんだよねー、もしよかったら一緒に来ない?と誘われて、彼女(・・)の強さも確認できると思い、参加を決めた。

エリシア…彼女は当初、紅茶は持ち込めないことと、侍女の同行も禁止と聞いてひどく落ち込んでいた。


「さ、いくわよ♡最初も言ったと思うけどぉ、私は手を出さないから♡それから出来る限り黙ってないといけないの♡がんばってねん♡」


引率教官は剣術科のカイン教官、会うのは初めて。

噂に聞く”武辺のカイン”が、まさかオネェだったとは。


実はこの実地訓練、単位が貰える。

初等部で初級ダンジョン。

中等部で中級ダンジョン。

そして高等部で上級ダンジョンに潜れる。

貰える単位の量は上級に行くほど多くなり、中で倒した魔物の討伐証明等で稼ぐことができる。


「前方、魔獣反応。数、三体。小型だが俊敏」


エドモンドが盾を構え、前に出る。


「よーし、任せて! リュディア、いっきまーす!」


リュディアが剣を構え、突撃。


「……前衛が元気すぎるのも問題ですわね」


クリスティーヌが、巻き髪を揺らしながら魔法陣を展開。


「《フレイム・スパイラル》、発動」


炎の渦が魔獣全体を包み、3体の内1体は倒したようだ。

ダメージを負った残り2体へ向けて、リュディアの剣がその隙を突く。


エリシアは、剣を抜きながら横合いから回り込む。

魔獣の死角に入り、魔力を込めて囁く。


「《エア・ブレード》」


風の刃が、魔獣の足元を切り裂く。

バランスを崩したところに、リュディアの一撃が決まる。

残り1体。


「ナイス連携!エリシア、やっぱすごいね!」


「ええ、平均値の範囲内よ」


器用貧乏とも言うけどね。と彼女は照れ隠しをして、エドモンドが引き付けている残り1体を見据える。

え?これで自分を平均値だなんて言うの?見た感じここにいる誰よりも強いんだけど。


「剣はリュディアには叶わないし、魔法での決定力はクリスのほうが上。私が得意なのは闇属性ベースの防御魔法と補助魔法(バフ)弱体魔法(デバフ)ですからね。中途半端もいいところですよ」


と本人は言っていたが、全然そんなことないじゃない。

あ、いけない、私も仕事しなきゃ。

私は回復魔法を展開する。


「《ヒール・ライト》……リュディアさん、かすり傷ですが治しておきますね」


「ありがとー!ミレーネ、助かる!」


悔しい。

エリシアは私の欲しいものを全て持っている。

親は公爵、実家はとてつもなく裕福、剣も魔法も得意。

そして、第一皇子の婚約者。

内心そんなことを思いながら、私は微笑みを絶やさない。


(……また、全部こなしてる)


立ち回りも、状況判断も。 エリシアは、まるで“主人公”のように戦場を駆けていた。

ミレーネの中で、乙女ゲームの構図が崩れかける。


違う……これは私のルートのはず。

ここは立ち回りのへたくそな彼女を私が諭して、カーストを下げる場面なのに、ちっとも隙なんてないじゃない。

高慢でもなく、元は平民出の私を蔑む様子もないし、小言ひとつ言わない。


そのとき、魔獣の一体がエドモンドの盾をすり抜け、私へと迫る。

え!ひえっ。


「ミレーネ、下がって!」


彼女はものすごい速さで跳躍し、私と魔獣の間に割って入る。

剣で受け止め、魔力で押し返す。


「《フォース・パルス》!」


すさまじい衝撃波が魔獣を吹き飛ばし、壁に叩きつける。

あ、今ので死んじゃった。

なによ…その魔力。

静寂が戻る。


「……無事?」


「え、ええ……ありがとう、エリシアさん……」


彼女は、剣を納めて言った。


「回復役が倒れたら、全滅するのよ。あなたは“最後の砦”なんだから、もっと自分を大事にして。立ち位置を常に考えて」


それを聞いて私は唇を噛んでしまった。

逆に諭されてんじゃねーか私。

悔しさと、憧れと、焦りと―― 複雑な感情が、胸の奥で渦巻いていた。


……やっぱり、エリシア・フォン・グランディール…… この子、ただの令嬢じゃない。


私は水筒の水を飲みながら、脳に記録を残す。

彼女は、戦場を舞っていた。

剣を振るい、敵にとって嫌な魔法を放ち、仲間の隙を補助魔法(バフ)で補い、敵の動きを弱体魔法(デバフ)で封じる。

まるで、物語の主人公。


違う……主人公は私のはずなのに。


そして順調に攻略は進み、初心者ダンジョン最下層、最奥の扉が開いた。

空気が変わる。 ボス――“砂獣の王”が姿を現す。


巨大な体躯。 砂を纏った爪。 土属性魔法を操る大きなライオン型の魔物。

初心者ダンジョンとは思えない威圧感。


でも、彼らは動じなかった。


「エドモンド、正面から引きつけて。砂による目つぶしがあるわ」

「リュディア、右脚を狙って」

「クリスティーヌ、魔力集中。私は頭部に回る」

「ミレーネ、ひとまず回復は後衛優先で。自分の位置は必ずエドモンドの背中が見えるところに」


「……は、はい!」


私は、震える手で魔法陣を展開した。 《エリア・プロテクト》。 《リジェネ・サークル》。

でも、誰も倒れない。 誰も傷つかない。


それほどまでに、彼らは強かった。


エリシアが跳躍する。

剣に風を纏わせ、魔力を込める。


「《エア・ブレード・スラッシュ》!」


風の刃が、砂獣の王の頭部を裂く。

リュディアの剣が脚を断ち、 クリスティーヌの炎が胴を焼き、 エドモンドの盾が爪を弾く。


そして――砂獣の王は、崩れた。


静寂。 砂の舞。 そして、勝利。


「わお♡……初等部初挑戦でぇ、初心者ダンジョンを完全攻略したのはぁ、あなた達が初めてよん♡バルサとラファ達と潜ったときですら、3回もかかったのよん♡素敵♡」


カイン教官が、驚きと称賛を込めて言った。


私は、呆然と立ち尽くしていた。


……こんなはずじゃなかった。

私が、皇子殿下と絆を深めて、仲間と共に困難を乗り越えて、性格の悪い彼女を最後に“断罪”するはずなのに。


エリシアは、剣を納めて静かに言った。


「……平均値、超えたわね」


その言葉に、誰も笑わなかった。

私以外、ただ静かに頷いた。

だからその平均値って何?!


私は再度唇を噛んだ。

悔しさと、焦りと、嫉妬と―― そして、ほんの少しの憧れ。


こうして、ミレーネ・バルフォアは知った。

乙女ゲームの構図が、現実では通用しないことを。

そして、エリシア・フォン・グランディールという“異物”の存在を。

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