1-28 儀式の場 ― 水守との邂逅
砂漠の祭壇跡
「……まず、靴底の砂を確認。よし、今日も乾燥」
よしじゃねーよ。乾燥は乙女の敵だ。
儀式の場は、修道院から徒歩で一時間。
かつて“水の祭壇”と呼ばれた場所は、今や石と砂だけの広場だった。
中央には、干上がった泉の跡。
その周囲に、部族の代表者たちが静かに並んでいた。
「エリシア様、塩分補給を」
マリアンヌが、無言で塩飴を差し出す。
怖い。けど有能。
「先生、準備は?」
「記録はすべて持参済みだ。ただし、ここでの交渉は“言葉”より“空気”と読む。私の赤ペンは、今日はお休みだ」
「……赤ペンが休む日って、あるのね」
そのとき、風が吹いた。
砂が舞い、空気が変わる。
そして、彼女が現れた。
“水守”。
キツネ系の獣人。
白銀の髪に、淡い青の巫女服。
両目は、肖像画通りにギラッと光っていた。
でも、実物は――もっと静かだった。
「……水を求めに来たのか。偽りの神の使徒よ」
第一声は、低く、乾いていた。
声の響きが、砂に吸われていく。
あー、しかもこれは遠回しに講釈たれるめんどくさい系だ。
簡潔に話そ。
「いえ、宗教とか、祈りとか関係なく、人として純粋に水を守りに来ました。…私達が生きるために。」
私は一歩前に出て、頭を下げた。
礼儀は、まず“姿勢”からだね。
「そのためには、まず水の供給が必要です。こちらの宗教にとって祈りは、命があってこそ初めて届くものですから。修道院の生活環境を整えるのがまず第一、祈りを捧げる場を再建するのは二の次です。」
“水守”は、しばらく沈黙した。
その目が、私を見ていた。
光っているのに、なぜか冷たい。
…常時点灯型だったよ。
「……前任者は、“水は我らの神のもの”と言った。そして、泉を掘ろうとした。それが、精霊の怒りを招いた」
oh…許すまじ保守派。
「泉を掘る前に、話し合いをすべきでしたね」
「話し合いは、砂塵のように消える。だが水は残る。故に、我々は風となり“沈黙”を選んだ」
……なるほど。これは、理屈じゃない。
これは、“詩”だ。それもとても感情的だ。
「…では、私たちは“風”ではなく“器”になりましょう。水を受け止め、守る器。その器が、あなたの言葉を濁さないように」
“水守”の目が、少しだけ細くなった。
それは、笑ったのかもしれない。
「……器には、無論重さがある。それを支える覚悟はあるか?」
「あります。ただし、器の底が抜けていたら、こちらのマリアンヌが直します」
「承知しました」
私の無茶ぶりに、マリアンヌが無表情で頷いた。
怖い。けど頼もしい。
“水守”は、静かに背を向けた。
「五日後、泉の儀式を行う。その場で、器の形を見せてもらおう」
こうして、第一接触は終わった。
言葉は少なかった。
でも、空気は動いた。
水はまだ出ない。
でも、交渉はまずはここからだ。




