X-27 聖女候補邂逅 ― 断罪フラグとスローライフ
帝都学院・生徒会室
視点:エリシア・12歳
「……まず、椅子の配置を確認。よし、乙女ゲームの初期配置」
生徒会室。
帝都学院の中でも、選ばれし者だけが入れる“政治と青春の交差点”。
そしてなろう的定番。
私はその一角に、紅茶を持ち込んで座っていた。
書記としての仕事は、議事録と空気の記録。
そして、断罪フラグの管理。
あと、椅子ネタ連発はもう諦めた。作者、いい加減にしろよ。
「エリシア様、机の上に花が置かれました。なお、香りは“乙女ゲーム系”です」
「……マリアンヌ、それジャンルで言うのやめて。せめてざまぁ系にして」
そのとき、生徒会室の扉が静かに開いた。
光が差し込み、風が揺れ、そして――彼女が現れた。
ミレーネ・バルフォア。 聖女候補。 銀髪、青瞳、清楚系。
歩くだけでBGMが流れそうな雰囲気。
そして、空気が一瞬で“イベント発生”に切り替わった。
「はじめまして、生徒会の皆さん。聖務科から参りました、ミレーネ・バルフォアです」
声まで完璧。 これはもう、乙女ゲームの主役級。
断罪イベントの中心に立つタイプ。
私は、紅茶を一口飲みながら静かに思った。
なんか後光が差しとるで。
これは……イケる。
うまくすれば、第一皇子レオニスといい感じになって、その後、何かしらの誤解で断罪されて、私は公爵家のコネで隠遁生活。
スローライフ、来るわこれ。
ミレーネは、にこやかに生徒会メンバーに挨拶していく。
リュディアは「かわいいー!」と叫び、クリスティーヌは「まあ、清楚ですわね」と距離を測り、エドモンドは「聖務科の方とは初めてです」と礼儀正しく対応していた。
私は、議事録の端にメモを残す。
生徒会メンバー・断罪イベント適性(暫定)
ミレーネ:主役級。断罪中心。光属性。
リュディア:騒ぎ役。誤解を拡散するタイプ。火属性。
クリスティーヌ:対抗意識枠。嫉妬イベント要員になるか?。風属性。
エドモンド:理性枠。最終的に「誤解だった」と言ってくれる。土属性。
レオニス:空気読まない皇子。断罪トリガー。雷属性。
エリシア:記録係。最終的に「では、これにて退場します」と言って去る。闇属性。
「エリシアさんは……書記なんですね。すごいです」
ミレーネが、微笑みながら話しかけてきた。
その笑顔、眩しい。 でも、私は冷静。
「ええ。議事録と、空気の流れを記録してます。 あと、断罪フラグの管理も」
「……だんざい……?」
「いえ、なんでもありません。紅茶、いかがですか?」
こうして、エリシア12歳は、生徒会という名の“舞台”に立った。
聖女候補は現れた。 断罪イベントの布石は、静かに、しかし確実に打たれた。
乙女ゲームの“本編”が、ゆっくりと動き始めたな。
私は小声で呟く。
銀髪の彼女は、窓辺で光を受けながら微笑んでいる。
たぶん今、脳内で“運命の鐘”が鳴ってる。
愛はもっとテクノロジーなのか。
いや、すまん。
そこへ――扉がノックされた。
「失礼しますね」
現れたのは、兄。 トリスタン・フォン・グランディール。
帝国学院中等部の主席、父バルバロッサに次ぐ神童にして、私の兄であり、リュディアの婚約者。
だが、影は薄い。
そして、その後ろに――
「生徒会の皆、大儀である。本日は挨拶に伺った。上からの口調は許してくれ。こんなでも皇族なのでな」
第一皇子、レオニス・アレ・エルドラン。 完璧な微笑み。
完璧な所作。完璧な声色。 猫かぶってる。全力で。
「皇子殿下……!」
ミレーネの目が輝いた。 たぶん今、“運命の鐘”が二重奏になった。
「皆の活動に感謝する。特に、私の婚約者である上に書記として尽力してくれているエリシアには、改めて礼を」
「……恐縮です、殿下。紅茶の時間を削って働いておりますので、感謝は茶葉でお願いします」
「ふふ、それは悪かった。検討しよう」
完璧な笑顔。 でも私は知っている。
この人、家では“国家のために”を連呼してくるタイプだ。
…おおう。婚約者という言葉にミレーネ嬢がすんごい睨んでくる。いいぞー。
兄が、私の隣にそっと腰を下ろした。
そして、耳打ち。
「……ごめん。ミレーネ嬢を誘うの、止めきれなかった」
「知ってた。兄上がレオニスに勝てるわけないものね」
「いや、今回は“生徒会の空気を見ておきたい”って言われて…… “空気を読む”って言われたら、もう無理だった」
年功序列で一応、生徒会長は兄トリスタンだ。
でも、後輩に皇族がいると、立場は皇族が上だ。
うん、やりずれーな。
「……あの人、空気を読むって言葉、辞書で調べたほうがいいと思う」
レオニスは、生徒会メンバー一人ひとりに丁寧に挨拶していた。
リュディアは「お兄ちゃんだー!」と手を振り、 クリスティーヌは「まあ、皇子殿下……」と完璧なカーブでお辞儀し、 エドモンドは「殿下、いつもご指導ありがとうございます」と軍人式の敬礼。
そして、ミレーネの前で立ち止まる。
「ミレーネ・バルフォア嬢。君の聖務科での働き、聞き及んでいる。学院の神聖領域の維持に、ぜひ力を貸してほしい」
「は、はいっ……!皇子殿下のためなら、私……いえ、学院のために、全力を尽くします!」
(訂正したけど、今“皇子殿下のために”って言ったよね?)
私は手帳にメモを取る。
断罪イベント・進行状況(初期)
ミレーネ:好感度上昇中。脳内BGMは“運命の鐘・第2楽章”
レオニス:猫かぶりモード。完璧な皇子演技中。
トリスタン:妹の胃痛を察知している
エリシア:とりあえず紅茶が飲みたい
兄が、そっと私の手元を覗き込んだ。
「……“断罪イベント・進行状況”?」
「気にしないで。これはただの、未来予測よ」
「……父上の胃薬、持ってこようか?」
「ありがとう。でも、紅茶の方が効くの」
こうして、エリシア12歳は、聖女候補と皇子の“運命の出会い”を見届けた。
兄は静かに見守り、皇子は完璧に猫をかぶり、聖女は脳内で鐘を鳴らし続ける。
断罪フラグは、静かに、しかし確実に育っていく。




