1-27 砂漠の初動 ― 祈りより先に水を
聖アクア修道院・記録室
「……まずは、紙の状態を確認。よし、乾燥しすぎてパリパリ」
私は修道院の記録室に足を踏み入れた。
許可?ここの修道院長、ここの環境に耐えられず、すでに逃げちゃってるんだとさ。
なにか違う理由かもしれないけどね。
なので勝手に入ってる。
棚には古びた帳簿、巻物、羊皮紙。 空気が乾きすぎて、紙が“音”を立てていた。
「マリアンヌ、湿度調整用の魔道具、持ってる?」
「はい。携帯型を一基。なお、使用すると私の髪がふわふわになります」
「……それはそれで見たいけど、まずは紙を守って」
ユリウスが、記録棚の前で腕を組んでいた。
「過去の交渉記録、部族との接触履歴、全部ここにあるはずだ。ただし、整理されていない。分類も不明。つまり読む前に“発掘”が必要ということだ」
「……この修道院、祈りより先に考古学が始まるのね」
私は巻物を一本手に取った。
表紙には「水供給契約(第七期)」と書かれている。
中身は――砂で読めなかった。
「マリアンヌ、これ、砂を払ってもらえる?」
「承知しました。なお、巻物の中に小型の虫が潜んでいる可能性があります。処しますか?」
「処さない。払うだけでいい。虫に罪はないわ」
「では、威嚇だけ」
「威嚇て。…普通に整理しようね。」
──数時間後。
記録室の床には、分類された巻物と帳簿が並べられていた。
つっかれた。乾燥してるし、お肌がやばい。
ユリウスは赤ペンで要点をまとめ、私は交渉履歴を読み込む。
「……なるほど。部族側の代表者は“水守”と呼ばれる人物。精霊の声を聞く役割らしい。交渉は年に一度、儀式の場で行われる。ただし、ここ二年は“怒り”を理由に拒絶されている」
「怒りの原因は?」
「不明とあるな。記録には“神の沈黙”としか書かれてない。つまり、部族側の感情論の可能性がある。前任の修道院長がなにか粗相でもしたのだろう。ここは元々保守派の息の掛かった修道院だからな。」
ああ、あのザビエルな人たちの集まりね。
どうせ上から目線で色々とまくし立てたんだろう。
マリアンヌが、静かに巻物を差し出した。
「エリシア様、こちらに今代“水守”の肖像画がありました。なお、目が光っているように描かれています。威圧感があります」
あほんまや。見た目は…キツネ系の獣人さんかな。
女性で巫女服みたいなの着てる。
輪郭を見る限り美人さんっぽいけど、両目がギラっと光ってるから色々台無しな肖像画だな。
「……交渉相手が“目が光る系”か。これは、なんというか…」
いやいや、目が光ってる系って何?なんか儀式のときにだけ光るだけだよね?常時な訳ないよね?
眼からビームなの?次はウルバ〇ンとか出てくるんか?
私は立ち上がり、巻物を手に取った。
「まずは、修道院側の“誠意”を形にしたほうがいいわね。あからさまに水を求める祈りじゃなくて、“水を守る姿勢”を見せる。そのためには、やっぱり修道女たちの生活環境を整えるのが先ね。これじゃ辛すぎるわ」
ユリウスが、静かにうなずいた。
「交渉は来週。儀式の場に招かれる予定だ。それまでに、修道院の空気を変えておけ。“干物”ではなく、“生きてる人間”として迎えられるように」
「了解。まずは湿度と塩分と、あと笑顔ね。交渉は空気で動くなら、空気を作るのも仕事のうち」
ああ、ついに自分から仕事って言っちゃってるよ。
仕事しないための修道院への追放だったはずなんだが…
「エリシア様、今更です。」
「…マリアンヌ…心を読まないでくれる?」
こうして、エリシアの砂漠任務は本格的に動き出した。
祈りでは水は出ない。
だが、空気を変えれば、交渉は動く。
次は――今代“水守”との接触。
ひとまずは交渉の前に一回挨拶に行きましょ。
悲しいけど赴任のね。営業の基本だわな。




