X-26 武辺と巻き髪と平均値
帝都学院・剣術科訓練場
視点:エリシア・12歳
「……まず、床の硬さを確認。よし、転倒時のダメージは平均値」
入学式から10日後、今日は剣術科との初めての合同授業。
私はリュディアに引きずられる形で、訓練場に来ていた。
剣術科の空気は、筋肉と汗と気合でできている。
紅茶の香りは、完全に駆逐された。
「エリシアー!今日の教官、めっちゃすごいんだって!騎士団長より強いって噂だよ!」
「……騎士団長より強いって、もうそれ剣聖じゃない?」
「ううん、ほんとにいるの!あの“武辺のカイン”だよ!“武辺のカイン”!!」
「……武辺のカインね……」
そのとき、訓練場の扉が開いた。
風が止まり、空気が一瞬で“異質”に変わる。
そして、現れたのは――
「はぁい♡ みんな元気にしてるぅ?今日の担当、カイン・ジル・アンデルセンよぉん♡」
……出た。 父の学院時代の同級生。
帝国最強の剣士。
そして、性格が曲がりくねったイケオジ。
「……やっぱりカインだったわ」
黙って立っていれば、確かにイケオジ。
でも、口を開いた瞬間、空気が乙女ゲーの裏ルートに突入する。
そしてリュディアの口はさっきからふさがらない。
「今日はぁ、みんなの剣筋を見てあげるぅ♡ あら、そこの巻き髪ちゃん、あなたは文化科?剣は持てるぅ?」
クリスティーヌが、巻き髪を揺らしながら一歩下がった。
「……私は内政科ですわ。剣は文化的に不適合ですの」
「まぁぁ♡ 文化的剣術って素敵ぃ!あなたのもみあげ、斬撃の軌道に使えそうねぇ♡」
「……それは侮辱ですわよね?」
エドモンドが、静かに手を挙げた。
「教官、私は戦術科ですが、今日は見学の予定でして」
「まぁぁ♡ 見学でもいいのよぉ♡ でもその肩幅、盾として使えそうねぇ♡ あらやだ、素敵♡」
カインはエドモンドの肩から胸板を一本指でなぞってる。
「ははは……盾扱いされたのは初めてですね」
うん。タンクは大事。
私は、静かに手帳を開いた。
本日の合同授業・記録
教官:カイン。武辺。おネエ。イケオジ。
リュディア:色んな意味でテンションがオカシイ。剣を落としたまま拾わない。
クリスティーヌ:文化的警戒。もみあげが危険。
エドモンド:盾扱い。肩幅が武器。
エリシア:めっさ紅茶が恋しい。
「エリシアちゃぁん♡ お・ひ・さ♡ 目元がますますバルサに似てきたわねぇ♡ でも口調はラファ寄りかしらぁ?」
「……分析が細かいですね。ですが、私は剣より紅茶の方が得意です」
「まぁぁ♡ 剣で紅茶を淹れる子なんて初めてぇ♡ 素敵ね♡ 今度、剣で茶葉を刻んでみましょぉ♡」
「……平均値、どこ行ったのよ」
こうして瞬く間にエリシア12歳の学院生活は、武辺とおネエと文化的警戒に包まれた。
剣術科の空気は濃く、紅茶は遠く、ツッコミは止まらない。
まずは“実演”。 剣が舞い、言葉が回り、そして平均値はまた迷子になる。
黙っていれば威厳。
しゃべれば混乱。
でも、剣を持てば――伝説。
「さぁ〜て♡ は・じ・め・ての今日はぁ、みんなに“本物の剣”ってやつを見せてあげるぅ♡」
カイン教官が、ゆるやかに剣を抜いた。
その動作だけで、空気が変わる。
風が止まり、訓練場の空気が“戦場”に切り替わる。
「……あれ、今の抜刀、音がしなかったわよね?」
「うん……でも空気が裂けた感じした……」
リュディアが目を丸くする。
「まあ……剣の軌道が、もみあげより美しいですわ」
クリスティーヌが、巻き髪を押さえながら呟いた。
「……剣速、視認不能。これは、騎士団長より強いという話は本当みたいですね」
エドモンドが、冷静に分析していた。
カインは、訓練場中央に立ち、木製の標的を指差した。
「じゃあぁ、まずは“基本の一撃”からぁ♡」
──シュッ。
音がしたのは、風だけだった。
標的は、斜めに裂けていた。
切断面が、鏡のように滑らか。
誰も、剣が動いた瞬間を見ていない。
「……平均値、どこ行ったのよ」(2回目)
「エリシア、今の見えた!?」
リュディアが叫ぶ。
「見えたら、たぶん私は剣聖になれるわね」
カインは、くるりとターンして言った。
「さぁぁ♡ 次はぁ、“連撃”よぉ♡ 剣ってねぇ、リズムが大事なのぉ♡ まるで愛しい人とのダンスみたいにぃ♡」
──シュシュシュシュシュ。
標的が5体、同時に崩れた。
剣の軌道は、まるで舞。
でも、威力は戦場。
「……あれ、今の動き、もしかして“八の字”描いてた?」
「ううん、たぶん“薔薇の花弁”よ」
クリスティーヌが、なぜか詩的に解釈していた。
「……剣術と舞踏の融合。これは、戦術科では“幻影剣”と分類される技です」
エドモンドが、真顔で記録していた。
え、何その厨二病な技名。
私は、手帳に書き込む。
カイン教官・実演記録
剣速:視認不能。
威力:木製標的が泣いた。
軌道:薔薇。たぶん。
解説:おネエ。語尾が舞ってる。
生徒反応:混乱、感動、詩的解釈。
エリシア:やっぱりもう紅茶が恋しい。
カインは、剣を納めて言った。
「さぁぁ♡ これがぁ私の剣よぉ♡ みんなぁ、剣ってねぇ、力だけじゃないのぉ♡ 美しさとぉ、情熱とぉ、あとちょっとの愛が大事なのぉ♡」
「最後の要素、いらないわよね?」
こうして、エリシア12歳は、帝国最強の剣士の“実演”を目撃した。
剣は舞い、空気は裂け、語尾は跳ねた。
平均値は迷子。 でも、ツッコミは今日も元気。
椅子の次は平均値ネタか。
剣術科との合同授業の度に、カイン教官の“個別指導”は続く。
紅茶は遠い。 でも、逃げ道はもっと遠い。




