1-26 乾いた祈りと砂の始まり
帝国歴:705年8月20日
南方砂漠地帯・聖アクア修道院
「……まず、靴底の砂を確認。よし、到着」
乾いた風が吹き抜ける。
空は青く、地面は白く、空気は水を忘れていた。
そしてすげー暑い。
聖アクア修道院――かつて“水の祈り”を捧げる場として栄えたこの地は、今や干上がる寸前だった。
「エリシア様、こちらが修道院の水槽です」
案内されたのは、かつての貯水槽。
今は底が見える。水面は、反射ではなく“残量”を映していた。
お、ここは比較的涼しいね。
「……これ、祈りで満たすには、神様がホース持ってないと無理ね」
マリアンヌが背後から現れ、静かに水筒を差し出した。
怖い。けどありがたい。
「修道女たちの健康状態を確認させてもらった。全員、軽度の脱水症状だな。祈りより先に、塩分と水分の摂取が必要だ。」
ユリウスが、冷静に記録を取っていた。
彼の赤ペンが、修道院の現状を“数字”に変えていく。
「この施設、構造は悪くない。ただ、水源が枯れてる以上、維持は困難だ。なぜか補給路も断たれている。現状、祈りでは水は出ない」
「祈りで水が出るなら、私は今頃温泉宿にいるわ」
久々に温泉にも入りたいなぁ…酒も飲みたい。
修道女の一人が、申し訳なさそうに言った。
「以前は、近くのオアシスから水を分けてもらっていたのですが……2年ほど前から部族の方々が“精霊の怒り”を理由に、供給を止めてしまって……それと、なぜか最近は本部からの支援も滞っていて……」
「部族か。精霊信仰が絡んでいるなら、話は簡単ではないな。本部からの支援は来ていないはずはない。匂うな…」
ユリウスが、赤ペンを胸元に差し直しながら言った。
「理屈だけで押し通すのは無理だろう。信仰というものは、論理よりも空気と感覚で動く。こちらが冷静でも、向こうが納得しなければ意味がない」
「つまり、交渉は“湿度”と“空気読み”からってことね。このままだと、修道女たちが干物になるわね」
マリアンヌが、背後から塩飴を配り始めた。
怖い。けど有能。
ユリウスは、塩飴を受け取らずに言った。
「まずは現状の整理からだ。水の供給経路、過去の交渉記録、部族との接触履歴。それを全部洗い出す。それが終わってから、交渉の準備に入る」
「真面目ね。でも、助かるわ。私はその間に、修道女たちの“干物化”を防ぐわ」
こうして砂漠任務は始まった。
水はない。祈ったらどこからか湧く訳でもない。
だが、交渉と改革の余地は、まだ残っている。
次に動くのは――“水を握る者たち”。
その姿はまだ見えない。 だが、風の向こうに、気配はある。




