X-22 詩と爆裂と、12歳の冷静
入学5日前
帝都・グランディール公爵邸
地下演習場
「……アンリ副隊長、詠唱は短く。できれば意味のある言葉でお願いします」
私は演習場の端で、魔力計測器を見つめながら言った。
目の前では、隠密部隊副隊長・アンリが詩を詠んでいた。
彼は“詩人化アーティファクト”に触れて以来、 戦闘魔法をすべて詩で詠唱するようになった。
しかも、センスがない。
「風よ、舞え。空よ、叫べ。爆ぜよ、我が魂の……えっと、なんかこう……ドーン!」
「最後、語彙が力技だったわよね」
アンリは、詩の最後に“ドーン”と叫びながら魔力を放った。
演習場の壁が軽く焦げた。
マリアンヌが、後方でそっとメモを取っていた。
「副隊長詩・第47稿:『風と空と魂とドーン』
評価:爆裂率高め。
意味:不明。
被害:壁1枚。
感想:うるさい」
学院に入学すると、私もマリアンヌもなかなか学院の外へ出ることができなくなる。
そこで副隊長アンリが学院の外を担当し、伝令役その他雑務をこなしてもらうのだ。
なんか詩に呪わてれてる身ではあるが、これでも一応隠密部隊のNo,3らしい。
ちなみにNo,1はマリアンヌ。No,2はマリアンヌの父親で、暗殺部隊隊長のアドルである。
アンリは、詩の巻物をめくりながら言った。
「いや、今回は“風の怒り”を表現したかったんだ。でも途中で“空の叫び”が入ってきて、魂が混乱して……」
「それ、詩じゃなくて事故よ」
私は魔力計測器を確認した。
「魔力出力は安定。でも、詩のせいで発動までに6秒かかってるわ。実戦では、6秒あればゴーレムが3回転できます」
アンリは真顔でうなずいた。
「じゃあ、詩を短くすればいいんだな。よし、次は―― 『爆ぜろ』」
おい。急にめんどくさくなった?
「それは詩じゃなくて命令よ」
マリアンヌが、メモを追加した。
「副隊長詩・第48稿:『爆ぜろ』
評価:短い。
意味:ある。
被害:床1枚。
感想:逆に潔い」
アンリは、詩の巻物を閉じて言った。
「お嬢、君は詩ってどう思う?」
「意味があるなら、好きよ。意味が風なら、ちょっと距離を置くわ」
アンリは、少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ、次は“意味のある風”を目指してみるよ」
「それ、今あなたが初めて言った言葉なのに、なぜか“未来で誰かが使いそう”って予感がするのが怖いのよね」
マリアンヌが、紅茶を注ぎながらぽつりとつぶやいた。
「風って……意味あるんですか?」
「それを副隊長が爆裂で証明しようとしてるのよ。今、壁が犠牲になってるけど」
マリアンヌは静かにメモを取った。
「副隊長詩・第49稿:『意味のある風』
評価:気象的。
被害:壁1枚。
感想:風評被害」
私は魔力計測器を確認しながら、そっとため息をついた。
「これをフラグというのでしょうね」
こうして、エリシア12歳は詩人副隊長アンリの演習に付き合った。
詩と爆裂、意味と風――都市防衛は、今日も少しだけうるさかった。
そして、未来の迷宮で“意味の風”が再び吹く日が来るとは、まだ誰も知らない。




