1-22 詩人化とゴーレムと、意味の風と
20分後
ヴァル=グラード第七層・封印前
「埒が明かないから…では、中立代表として、マリアンヌ。触れてみて」
私は封印前で腕を組みながら言った。
修道院とギルドが互いに“そっちが触れろ”と押し付け合った結果、 最終的にマリアンヌが「では、私が」と立候補した。
彼女はリュミエール家の令嬢、隠密部隊の見習い、そして――詩人ではない。はずだった。
マリアンヌが、光る何かに指先で触れた瞬間――
「……ああ、光よ。沈黙の中に踊る、我が魂の輪郭……」
「……詩だわ」
「えっ、今の詩だったのか!?」
バルドが驚き、アグネスちゃんさんが感動し、私は頭を抱えた。
マリアンヌは、目を閉じたまま詩を続けていた。
「光は問いか。問いは風か。風は私か。私って誰?」
「哲学が迷子になってるわよ」
「我が心、揺れるマナの海。言葉は泡沫、意味は風……」
「意味は風って、意味ないってことよね?」
その瞬間、封印の魔力が震え、床が微かに鳴った。
そして――迷宮のガーディアンが目覚めた。
私はとっさにサーチ魔法を展開する。
「ゴーレム反応確認。俊敏型ね。速いわよ」
石の壁から飛び出したのは、体長4mほどの四肢の細い、異様に速いゴーレム。
目は赤く、動きは猫。 詩人化したマリアンヌを守るように、冒険者と修道院側が即座に動いた。
「前衛、展開! 詩人は放置で!」
「放置!?」
「?!これは?!」
バルドが斧を構え、ギルドの槍使いが突撃。
何かに気付いたアグネスちゃんさんは拘束結界を展開しながら、マリアンヌの詩に合わせて詠唱を始めた。
おお、アグネスちゃんさん二重詠唱できるんやね。伊達に修道院長じゃないんだね。
「神よ、風の意味を我らに与えたまえ……たぶん!」
語尾がたぶんで魔法が発動するんだ…。
対してマリアンヌは、詩を止める気配がない。
「この光は、私の中の私。私の外の私。私の隣の……誰?」
「誰って、私よ。隣にいるの私」
あー、アンリ副隊長もこれにやられたのか。
このゴーレムは俊敏で強敵だったが、連携はそれ以上だった。
バルドが斧で牽制し、槍使いが足を止め、 修道院側の神官もマリアンヌの詩のリズムに合わせて魔力を調整。
拘束結界は“意味の風”に共鳴し、ゴーレムの動きを封じていく。
え、マリアンヌの詩が補助魔法になってる。
詩の韻に合わせる必要はあるけど…。
「アグネスちゃんさん、詩に合わせて魔法を撃つの、難易度高すぎない?」
「神聖、なので、問題、ありま、せん。たぶん」
あ、ごめん、戦闘中だったね。
てか、連携すげえ。打合せなしでこれ?
さっきまでお互い睨みあってたのに。
マリアンヌは、詩を続けていた。
「我が詩、我が声、我が意味。意味は風。風は剣。剣は……あ、剣は危ないです」
「一応自覚はあるのね」
ゴーレムは冒険者達と修道院長達の見事な連携で外観をガリガリと削られていく。
修道女達の神聖魔法、祝福によって魔核に干渉し、ゴーレムの動きが鈍る。
最後は、バルドの斧とアグネスちゃんさんの光の槍が同時に命中し、 ゴーレムは静かに崩れ落ちた。
「……倒したわね」
マリアンヌは、詩を止めた。
目を開けて、少しだけ恥ずかしそうに言った。
「……すみません。詩が、勝手に……」
そこではにかまないで。
男どもはみんな目が♡ですよ。
バルドが笑った。
「いや、あれはあれで、効いてたぞ。意味は風だったけど、風って強いしな」
アグネスちゃんさんもうなずいた。
「神の風は、時に剣より鋭い。あなたの詩は、神聖でした。たぶん」
私は手帳に記録を残した。
問題:光る何かの正体=詩人化アーティファクト
結果:マリアンヌが詩人化、ゴーレムが目覚める
効果:詩には魔力を増加させる補助効果あり。
対応:ギルドと修道院の連携により無傷で撃破 。
副作用:詩を吟じた後は結構恥ずかしい。
進展:和解の兆しあり。共存の可能性アリ
特記事項:グランディアでの詩人副隊長と経緯が酷似。まだ存在する可能性アリ。
「って、マリアンヌ、呪われちゃった?」
「いえ、多少時間は掛かりましたが抵抗しました。なので副隊長のように常に詩を考えなければならないという事はありません」
うん、さすがマリアンヌ。
こうして、エリシアは第七層の騒動を乗り越えた。
祈りと筋肉、詩とゴーレム―― 迷宮都市の混沌は、少しだけ、意味のある風に吹かれ始めた。




