X-21 入寮準備 ― スローライフはまだ遠い
帝都学院・女子寮
視点:エリシア・12歳
「……まずは、部屋の広さを確認。よし、平均値」
帝都学院女子寮。
格式ある帝国の教育機関だけあって、建物は石造りで重厚。
でも、部屋の中は――うん、普通。 広すぎず、狭すぎず。
家具は最低限。ベッド、机、椅子、棚。
紅茶を淹れるスペースは……ない。悲しい。
「マリアンヌ、荷物の搬入は?」
「完了しております。なお、茶器は三段重ねで収納済み。暗器は五段重ねで収納済みです」
「……暗器多い。領都じゃないからね?ここ学院だからね?」
「承知しております。ですが、学院にも“危険”は潜んでおります。例えば、平均値の暴走など」
「それは危険というより、教育の副作用では?」
私はベッドに腰掛けてみた。
ギシギシ音はしない。合格。
ただし、枕がふわふわすぎて、頭が沈む。
これは、思考力が吸収されるタイプの枕。
「マリアンヌ、枕の硬さ、調整できる?」
「はい。中身を入れ替えれば可能です。現在は羽毛ですが、羊毛、麻、砂袋もございます」
「最後の選択肢、戦場じゃない?」
棚を開けると、制服が並んでいた。
ちょっと前に仕立てた帝都学院の女子制服。
濃紺のジャケットに白のブラウス、膝丈スカート。
見た目は上品。動きやすさは――未知数。
「マリアンヌ、制服の改造は?」
「可能です。袖に隠しポケットを追加し、スカートの裏に小型ナイフを――」
「やめてね?」
「では、茶葉収納ポケットに変更を」
「それは許す」
机の上には、学院からの入学案内書。
“帝都学院の心得”と書かれた冊子を開くと、最初のページにこう書かれていた。
「学院生活は、礼節と協調を重んじること」
「……協調って、何と協調するの?平均値?」
「平均値は、時に最大の敵となります」
「名言っぽいけど、いわゆる一般生徒ってことよね。確かに大衆の力は侮れないわ」
私は椅子に座り、深呼吸した。
窓からは、学院の中庭が見える。
まだ誰もいない。静か。
でも、明日からは――騒がしくなる。
「マリアンヌ、明日の予定は?」
「入学式の前に、寮生同士の顔合わせがございます。なお、第一皇子殿下は上級生として出席される予定です」
「……距離感のある沈黙、維持できるかしら」
「ご安心ください。必要であれば、私が物理的に距離を確保いたします」
「やめてね?」
こうして、エリシア12歳の学院生活は、まだ始まっていない。
でも、準備は整った。 紅茶はまだない。
でも、ツッコミと警戒は完璧。
次は――入学式。 平均値との戦いは、もうすぐ始まる。




