X-20 秩序と魔素と、12歳の観察者
領都グランディア・市庁舎地下講堂
視点:エリシア・12歳
「……本日の講義は、“魔素系爆裂物の正しい使い方”です。なお、“正しくない使い方”は、前回の地竜戦で十分に見ました」
講堂に並ぶのは、迷宮帰りの冒険者たち。
筋肉、傷跡、魔力残滓、そして“反省してる風”の顔。
そして相変わらず汗臭い。
彼らは全員、前回のスタンピードで“揮発性マナ粉末を盛大にぶちまけた前科”を持っていた。
普段物理で殴ってる連中だから、たまに珍しくて便利なものを持たせると、喜んで使ってしまう。
街の中であっても。
地竜、街中に入って来てないのになんで使うかな。
「まず確認。魔素爆裂物は“敵を吹き飛ばすための浪漫”ではなく、“地形を壊すための道具”です。また、”華々しく散るための漢の美学”でもありません。街中で使うと、地形が壊れます。地形が壊れると、都市が怒ります。都市が怒ると、税率が上がります。 税率が上がると、あなたの酒代が減ります」
前列の斧使いが手を挙げた。
見た目は脳筋、だがその姿勢は意外と礼儀正しい。
「……じゃあ、敵が都市に居る場合は?」
「その場合は、爆裂物を使用しないよう指示を出します。もし使用すると、都市が泣きます。泣いた都市は、補修費を請求してきます。請求書は、あなたのギルドに届きます。 そして、ギルドマスターが泣きます。 泣いたギルドマスターは、あなたを見つけます」
私の隣で、ギルドマスターは既に声を殺して号泣しているが。
マリアンヌが、静かに補足した。
「前回の地竜戦で、南門の石畳が誤って“詩的爆裂”により消失。修復費は人件費込みで金貨1,238枚。アンリ副隊長は現在、石工ギルドで“詩を刻む研修”中です」
念のための爆弾を冒険者に持たせたのは隠密部隊の総意だったけど、哀れ副隊長アンリ、弁償という名の皿洗いをさせられてるわけね。
後列の魔術師風の冒険者がつぶやいた。
「詩って……そんなに高くつくんだな……」
そっちじゃねーよ。副隊長の詩はまったく高くはない。
「結論、”街ん中で爆発すんな” はい復唱!」
「「「「街ん中で爆発すんな」」」
歴史的価値の高い街だから、修繕するの大変なのよ。
私は講義を続けた。
「よろしい。次に、“連携”について。冒険者は個人技が強いですが、都市防衛では連携が必要です。“俺がやる”ではなく、“誰がやるか決めてから動く”が基本です。なお、“俺がやる”は、このままでは器物損壊で“俺が払う”に変換されます」
前列の槍使いが手を挙げた。
「……決める前に動いたら?」
「その場合は、あなたが“やった人”になります。そして、責任も“あなたのもの”になります。都市は、責任者に対して非常に正確です。魔素の爆発は広がりますが、責任は逃げません」
マリアンヌが、出席簿に静かに印をつけた。
「前回、“誰が魔素結晶を設置したか不明”という事案が発生。結果、全員が責任者扱い。ギルド全体が罰金対象となりました。なお、設置者は“記憶にない”と主張。記憶は、爆裂とともに消えた模様です」
講堂が静まり返った。
「結論、”一人で突っ込むな。” はい復唱!」
「「「一人で突っ込むな。」」」
私は、最後の項目に移った。
「はい。最後に、“報告”について。迷宮で不明な何かを見つけたら、まず報告。“俺のもの”ではなく、“危険なものかもしれない”という視点を持ってください。想定される危険度は、あなたのポケットより大きいです」
指差し確認は大事。
後列の弓使いが手を挙げた。
「……じゃあ、誰も見てなかったら?」
「その場合は、あなたが“見つけた人”になります。ですが“持ち帰った人”ではありません。報告してから、我々が判断します。勝手に持ち帰ると、最悪“災害級魔法資源の私的流用”になります。またモノによっては呪われる場合もあります。そうなると隔離、もしくは牢屋行きです。牢は、あなたの部屋より狭いです」
うん。報連相は大事。
マリアンヌが、静かに補足した。
「前回、“光る何か”を勝手に持ち帰ろうとした、とある斥候職の者は、頭の中で常に詩を作成していないと禁断症状が出てしまう呪いにかかりました。現在、石工ギルドで“詩を刻む研修”中です。」
「「「・・・・・・。」」」
副隊長やんか。
私は講義を締めくくった。
「都市を守る者は、都市に守られる者でもあります。秩序を守ることで、あなたたちの自由も守られます。魔素も、報酬も、発見物も――都市と共有することで、価値が生まれます。そして、爆発しないという安心も生まれます。なによりもこの行動によって、あなたたちの評価はうなぎ登りです。Aランク、もしかしたらSランクに到達するのも現実味を帯びてきます。」
うん。これで多少は”貢献度”という概念を植え付けることができたと思う。
「結論、”わっかんねーもん見つけたら、まずギルド” はい復唱!」
「「「わっかんねーもん見つけたら、まずギルド」」」
基本的に冒険者が手に入れたものは冒険者のもので大丈夫だが、問題が発生する可能性があるから、ギルドを通して国にも報告してねって言ってるだけなんだよね。
講堂は静かにうなずいた。
筋肉たちは、マナ粉末の袋を見つめた。
魔素は、そこに静かに佇んでいた。
たぶん、爆発したがっていた。
こうして、エリシア12歳の講義は終了した。
都市は無事、魔素は封印、そして冒険者たちは少しだけ賢くなった。 ……と信じたい。




