1-20 ギルドと、筋肉と、俺のもの理論
翌日
ヴァル=グラード冒険者ギルド本部・応接室
「……まず、椅子が固定されてるのを確認。よし、交渉開始」
私はギルド本部の応接室に足を踏み入れた。
石造りの壁、獣の毛皮、斧の飾り、そして――筋肉。
空気がプロテインでできている気がする。
「おう、来たか。修道院の使いか?」
ギルドマスター・バルドが腕組みして立っていた。
皮革の鎧、傷だらけの顔に無精髭、そして語彙力に不安のある目。
彼は“俺のもの理論”の提唱者であり、たぶんだけど “光る何か”を見つけた張本人でもある。
「私はエリシア。調停役です。正確には修道院の使いではありません。あと、椅子を飛ばさないでください」
「飛ばしてねえよ!? 今日は座ってるだろ!?」
「失礼、念のための確認でした。では早速、まず“光る何か”について教えてください」
「俺が見つけた。だから俺のもの。以上だ」
「……oh…気持ちいいくらいのジャイアリズム…」
マリアンヌが、後方でメモを取っていた。
「“俺が見つけた”理論、再確認。
根拠:発見者の主張。
法的効力:ゼロ。
説得力:ジャ〇アンのリサイタル並み」
バルドは椅子に座り直しながら言った。
「封印の奥にある“光る何か”、あれはヤバい。触ると、なんかこう……“うおおお!”ってなる」
「それ、もはや語彙じゃなくて感情ね」
あ、もうすでに触っちゃってるのね。
何か変なこと起きなくて良かったけど。
「でもよ、修道院は“神のもの”って言ってるだろ?神様、俺らに何か言ったか?言ってねえだろ?だったら、俺のものだろ」
「神様が沈黙してるから、あなたのものになるのね。それ、法廷で言ったら負けるわね」
マリアンヌが、さらにメモを追加した。
「“神の沈黙=俺のもの”理論、危険。
応用例:沈黙してる隣人の庭=俺のもの。
結果:逮捕しちゃうぞ」
バルドは頭をかきながら言った。
「でもよ、俺ら命懸けで迷宮潜ってんだぜ?見つけたもんくらい、持って帰らせてくれよ」
私は少しだけ考えた。
「では、修道院と共同で“光る何か”の調査を進めるのはどう?所有権は保留。安全性と神聖性の確認を優先。あと、語彙を増やす努力もして」
バルドは腕を組んだまま、うなった。
「……わかった。とりあえず“俺のもの”は一旦保留だ。だが、“俺が見つけた”は残していいか?」
「それは記録に残しておくわ。ただし、法的には“発見者”止まりよ」
「発見者か……そう言われると、何かかっこいい気もするな」
その”光る何か”がまったく神聖ではなく、危険性の低いものであればそのまま冒険者に渡してもいいだろう。
逆に本当に神聖的意味合いを持つものだとしても、交渉次第では発見者として教会から冒険者へ報酬を渡すことも出来る。
ここら辺が妥協できる最低ラインか。
マリアンヌが、最後のメモを書き終えた。
問題:光る何かの所有権
ギルド側主張:“俺のもの”理論
修道院側主張:“神のもの”理論
調停案:共同調査、語彙強化
結果:椅子は無事、都市も無事、語彙は未定
こうして、エリシアはギルド側の“筋肉と自由の主張”を聞き終えた。
祈りと剣、封印と語彙――迷宮都市の混沌は、まだまだ続く。




