X-19 地竜と椅子と、12歳の指揮官
領都グランディア・市庁舎屋上
視点:エリシア・12歳
「……地竜の群れ…あと3時間で市街地に到達するわね」
私は望遠鏡を覗きながら、地平線の向こうにうごめく黒い塊を確認した。
地竜。地面を泳ぐように進む、甲殻と筋肉の塊。
スタンピード――群れによる都市踏破。
その進路の先に、領都グランディアがあった。
「お嬢様、冒険者ギルド側の迎撃準備は完了しました。ただし、作戦名が“うおおお作戦”です」
「語彙力…」
マリアンヌは、グランディール領直属の隠密部隊、”陽炎”から届いた連絡書を差し出した。
彼女は表向きはメイド、裏ではリュミエール家の令嬢。
代々グランディール家に仕える伯爵家の娘であり、 伯爵である父親は隠密部隊の頭領、そして先代伯爵の祖父は武術の師匠。
そして彼女自身は、まだ“見習い”――だが、動きはすでに一流の気配を帯びていた。
「隠密部隊側は“静かなる爆裂”作戦を展開予定です。なお、命名者はアンリ副隊長です。詩人志望です。ちなみに私の従弟です。」
あー、隠密部隊はみんな一撃離脱のスキルとして、ら〇ま1/2の〇馬が習得した”爆砕点〇”みたいな技を持ってる。伏字ばかりで申し訳ないね。分かる人は分かる。
「隠密なのに詩人志望かー。惜しいなー。もうちょいひねりが欲しかったなー。」
私は市庁舎の屋上に広げた地図を見ながら、作戦を整理した。
冒険者ギルド:正面迎撃。火力と筋肉で押し返す。
隠密部隊:側面誘導。地竜を分断し、都市から逸らす。
領軍:領都最終防衛線。城壁にて待機。
市庁:避難誘導。椅子は飛ばさないよう指導済み。
いやホント椅子はもういいです。
「マリアンヌ、地竜の弱点は?」
「腹部の軟甲です。ですが、そこに到達するには“地面に潜る”必要があります」
「……冒険者に“潜って殴れ”って言ったら、やるかしら?」
「“うおおお!”と叫びながら、たぶんやります」
いや普通潜らんだろ。牽制してくれるだけでも御の字だわ。
「よろしい。では、作戦開始。私は市庁の指揮室に入るわ。12歳でも、椅子よりは信用されるはず」
3時間後
場所:市庁舎・指揮室
視点:エリシア
「冒険者隊、第一波接触。叫び声確認。“うおおお!”です」
「予定通りね。マリアンヌ、隠密部隊は?」
「地竜群の左翼を分断。アンリ副隊長が“静かなる爆裂”を詠唱中です。なお、詩は長すぎて途中で爆発しました」
「爆発しちゃったかー。マリアンヌは?」
「私は後方支援です。まだ“爆裂”はできません。でも、祖父に習った“静かなる突き”は使えます。地竜の足首に刺さりました。たぶん、くすぐったいです」
「十分よ。くすぐりは戦術の基本」
地図上の地竜群は、中央突破を試みるも、 冒険者の火力と隠密部隊の誘導により、徐々に進路を逸らされていく。
「市街地への侵入、阻止成功。地竜群、南方の岩地へ誘導完了」
ふう。よし。
私は手帳に記録を残した。
問題:地竜スタンピード
対応:筋肉と詩とくすぐり
結果:都市は無事、椅子も無事
あ、椅子の件書いちゃった。
マリアンヌが、紅茶を差し出しながら言った。
「お嬢様、今回の作戦名と報告はどうなさいますか?」
「“うおおお”と静かなる爆裂”でいいわ。 あと、椅子が飛ばなかったことを明記しておいて」
こうして、12歳のエリシアは領都グランディアを守った。
剣と詩と椅子の安定――都市防衛は、今日も平和だった。たぶんね。




