表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/70

X-18 古都の騒乱と、学院前哨戦

領都グランディア・中央広場

視点:エリシア・12歳


「……マリアンヌ、あれは“市民交流”ではなく“乱闘”よね?」


「はい。冒険者ギルドの方々が“交流”と称して、酒場の椅子を投げ合っております。現在、椅子の損失は17脚です」


「椅子の数え方が冷静すぎるぞ」


領都グランディアは、石造りの街並みと水路が交差し、かつては帝国の首都であった古都。

格式と伝統の象徴――のはずだった。


だが今、中央広場では冒険者たちによる騒乱が続いていた。

新設された領軍の兵士達が包囲しているが、冒険者とて領民だ。

ここは穏便に済ませたいところだろう。


この前領軍の再編が終わったばかりだというのに今度は冒険者?

勘弁してくれ。


「…原因は?」


「ギルド側が“迷宮探索の報酬を即金で支払え”と主張し、市庁側が“税務処理が終わるまで待て”と返答。その結果、なんやかんやで椅子が飛びました」


「税務と椅子の因果関係が雑すぎるのでは?」


エリシアは、学院入学を目前に控えていた。

だが、入学前に“都市の秩序を一度整えておいてほしい”という 父バルバロッサの無茶振りにより、現地調整任務を任されていた。


「よろしい。では、交渉と鎮圧を同時に行うわ。マリアンヌ、広場の音響装置を起動して。“エリシア式沈静放送”を流すわ」


「承知しました。“沈静放送”の内容は?」


「“椅子は座るためのものであり、飛ばすと罰金です”」


「簡潔で法的ですね。流します」


広場に、私の声が響いた。

冒険者たちは一瞬動きを止め、私の声と「罰金」という単語にきちんと反応した。


「これは…お嬢の声…う…罰金って……いくらだ?」


ああ、私の声はこの領都では有名なのか、いろんな式典に出席してるからね。

てか私、市民にお嬢って呼ばれてるのか。

…ええじゃないか。よし、ちょっとおまけしてやろう。


「椅子1脚につき銀貨12枚。なお、飛ばした瞬間に課税されます」


「課税って……魔法で!? 今!?」


「はい。専属侍女のマリアンヌが“即時課税陣”を展開済みです」


「なんだそのメイド……怖ぇ……」


こうして、広場の騒乱は沈静化した。

冒険者たちは椅子を拾い直し、市庁は税務処理を再開し、エリシアは手帳に静かに記録を残した。


問題:冒険者の即金要求

対応:罰金と魔法陣による即時課税

結果:椅子は戻り、秩序は座った


「マリアンヌ、次はギルド代表との面談ね。“金と秩序の両立”について、講義してくるわ」


「お嬢様の講義は、だいたい“説教”と呼ばれております」


「椅子が飛び交うよりはいいでしょ」


こうして、学院入学を目前にしたエリシアは、古都グランディアの秩序を一時的に回復させた。





数日後

領都グランディア・市庁舎地下講堂

視点:エリシア・12歳


「……では、冒険者再教育プログラムを開始します。本日のテーマは、“公共空間における椅子の正しい使い方”です」


講堂に集められたのは、迷宮帰りの冒険者たち。

筋肉、傷跡、酒臭、そして“社会性ゼロ”の視線。

彼らは全員、先週の広場騒乱で椅子を飛ばした前科持ちだった。

うん、地下にするんじゃなかった。籠って臭い。


「椅子は、座るための道具ですね。投げると壊れますね。壊れると罰金ですね。罰金は、痛いですね」


「……なんだこの講義、怖ぇ……」


「静粛に。次は“市民との会話における語彙選択”です。“うおおお!”と叫ぶのは、交渉ではありません」


マリアンヌが、黒板に“うおおお!”と書いた紙を貼りながら言った。


「代替語として、“ご協力いただけますか?”を推奨します。なお、語尾に“うおおお!”を付けると無効です」


「えっ……じゃあ、“ご協力いただけますかうおおお!”は……?」


「はい。即時退場です」


講堂が静まり返った。

私は手元の出席簿を確認しながら続けた。


「次は、“迷宮報酬の税務申告”について。“見つけたから俺のもの”は、法的に無効です。“神殿の床下から出たから神の贈り物”も、無効です。“誰も見てなかったからセーフ”は、むしろアウトです。お尻にキツイ一撃です。そこで笑ってもアウトです。笑ってはいけない税務申告です。」


「じゃあ、俺たち何を信じて生きれば……」


「グランディール領法です」


マリアンヌが、法律書を机に積み上げた。

その高さは、冒険者の希望より高かった。

いやいや嘘よ。ちょっと大きい国語辞典くらいよ。

まあ、10冊くらいあるけど。


「最後に、“市民との交流”について。酒場での乾杯は、椅子を使わずに行いましょう。“椅子を掲げて乾杯”は、文化ではなく明らかな暴力です。そのあとの投げ合いも」


「……俺たち、文化だと思ってた……」


それは修学旅行の枕のほうだろが。


「思ってるだけでは文化になりません。文化とは、他者が受け入れて初めて成立します」


講堂は沈黙した。

筋肉たちは、椅子を見つめた。

椅子は、そこに静かに佇んでいた。


私は講義を締めくくった。


「迷宮を制する者は、都市を乱してはならない。剣を持つ者こそ、秩序と椅子を守るべきです。それが、冒険者としての誇りです」


マリアンヌが、そっと補足した。


「なお、誇りを破損した場合は、木工ギルドにて再構築可能です。費用は銀貨48枚です」


そこでインテリ風な冒険者が右手を挙げた。見た目は魔術師。

質問ですね。はいどうぞ。


「…えっと…とどのつまり、この街の法律で、椅子投げたらダメになったってことですかね?」


私とマリアンヌ:「「その通り!」」


冒険者達:「「「「それを先に言え!!」」」」


ちょっと言い回しが難しかったみたいだね。


こうして、冒険者再教育プログラムは終了した。

椅子は座り、語彙は増え、契約書は重く、都市は今日も平和だった。

たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ