X-18 古都の騒乱と、学院前哨戦
領都グランディア・中央広場
視点:エリシア・12歳
「……マリアンヌ、あれは“市民交流”ではなく“乱闘”よね?」
「はい。冒険者ギルドの方々が“交流”と称して、酒場の椅子を投げ合っております。現在、椅子の損失は17脚です」
「椅子の数え方が冷静すぎるぞ」
領都グランディアは、石造りの街並みと水路が交差し、かつては帝国の首都であった古都。
格式と伝統の象徴――のはずだった。
だが今、中央広場では冒険者たちによる騒乱が続いていた。
新設された領軍の兵士達が包囲しているが、冒険者とて領民だ。
ここは穏便に済ませたいところだろう。
この前領軍の再編が終わったばかりだというのに今度は冒険者?
勘弁してくれ。
「…原因は?」
「ギルド側が“迷宮探索の報酬を即金で支払え”と主張し、市庁側が“税務処理が終わるまで待て”と返答。その結果、なんやかんやで椅子が飛びました」
「税務と椅子の因果関係が雑すぎるのでは?」
エリシアは、学院入学を目前に控えていた。
だが、入学前に“都市の秩序を一度整えておいてほしい”という 父バルバロッサの無茶振りにより、現地調整任務を任されていた。
「よろしい。では、交渉と鎮圧を同時に行うわ。マリアンヌ、広場の音響装置を起動して。“エリシア式沈静放送”を流すわ」
「承知しました。“沈静放送”の内容は?」
「“椅子は座るためのものであり、飛ばすと罰金です”」
「簡潔で法的ですね。流します」
広場に、私の声が響いた。
冒険者たちは一瞬動きを止め、私の声と「罰金」という単語にきちんと反応した。
「これは…お嬢の声…う…罰金って……いくらだ?」
ああ、私の声はこの領都では有名なのか、いろんな式典に出席してるからね。
てか私、市民にお嬢って呼ばれてるのか。
…ええじゃないか。よし、ちょっとおまけしてやろう。
「椅子1脚につき銀貨12枚。なお、飛ばした瞬間に課税されます」
「課税って……魔法で!? 今!?」
「はい。専属侍女のマリアンヌが“即時課税陣”を展開済みです」
「なんだそのメイド……怖ぇ……」
こうして、広場の騒乱は沈静化した。
冒険者たちは椅子を拾い直し、市庁は税務処理を再開し、エリシアは手帳に静かに記録を残した。
問題:冒険者の即金要求
対応:罰金と魔法陣による即時課税
結果:椅子は戻り、秩序は座った
「マリアンヌ、次はギルド代表との面談ね。“金と秩序の両立”について、講義してくるわ」
「お嬢様の講義は、だいたい“説教”と呼ばれております」
「椅子が飛び交うよりはいいでしょ」
こうして、学院入学を目前にしたエリシアは、古都グランディアの秩序を一時的に回復させた。
数日後
領都グランディア・市庁舎地下講堂
視点:エリシア・12歳
「……では、冒険者再教育プログラムを開始します。本日のテーマは、“公共空間における椅子の正しい使い方”です」
講堂に集められたのは、迷宮帰りの冒険者たち。
筋肉、傷跡、酒臭、そして“社会性ゼロ”の視線。
彼らは全員、先週の広場騒乱で椅子を飛ばした前科持ちだった。
うん、地下にするんじゃなかった。籠って臭い。
「椅子は、座るための道具ですね。投げると壊れますね。壊れると罰金ですね。罰金は、痛いですね」
「……なんだこの講義、怖ぇ……」
「静粛に。次は“市民との会話における語彙選択”です。“うおおお!”と叫ぶのは、交渉ではありません」
マリアンヌが、黒板に“うおおお!”と書いた紙を貼りながら言った。
「代替語として、“ご協力いただけますか?”を推奨します。なお、語尾に“うおおお!”を付けると無効です」
「えっ……じゃあ、“ご協力いただけますかうおおお!”は……?」
「はい。即時退場です」
講堂が静まり返った。
私は手元の出席簿を確認しながら続けた。
「次は、“迷宮報酬の税務申告”について。“見つけたから俺のもの”は、法的に無効です。“神殿の床下から出たから神の贈り物”も、無効です。“誰も見てなかったからセーフ”は、むしろアウトです。お尻にキツイ一撃です。そこで笑ってもアウトです。笑ってはいけない税務申告です。」
「じゃあ、俺たち何を信じて生きれば……」
「グランディール領法です」
マリアンヌが、法律書を机に積み上げた。
その高さは、冒険者の希望より高かった。
いやいや嘘よ。ちょっと大きい国語辞典くらいよ。
まあ、10冊くらいあるけど。
「最後に、“市民との交流”について。酒場での乾杯は、椅子を使わずに行いましょう。“椅子を掲げて乾杯”は、文化ではなく明らかな暴力です。そのあとの投げ合いも」
「……俺たち、文化だと思ってた……」
それは修学旅行の枕のほうだろが。
「思ってるだけでは文化になりません。文化とは、他者が受け入れて初めて成立します」
講堂は沈黙した。
筋肉たちは、椅子を見つめた。
椅子は、そこに静かに佇んでいた。
私は講義を締めくくった。
「迷宮を制する者は、都市を乱してはならない。剣を持つ者こそ、秩序と椅子を守るべきです。それが、冒険者としての誇りです」
マリアンヌが、そっと補足した。
「なお、誇りを破損した場合は、木工ギルドにて再構築可能です。費用は銀貨48枚です」
そこでインテリ風な冒険者が右手を挙げた。見た目は魔術師。
質問ですね。はいどうぞ。
「…えっと…とどのつまり、この街の法律で、椅子投げたらダメになったってことですかね?」
私とマリアンヌ:「「その通り!」」
冒険者達:「「「「それを先に言え!!」」」」
ちょっと言い回しが難しかったみたいだね。
こうして、冒険者再教育プログラムは終了した。
椅子は座り、語彙は増え、契約書は重く、都市は今日も平和だった。
たぶん。




