1-18 祈りと剣の境界線
帝国歴705年:7月21日
ダンジョン都市ヴァル=グラード・第1層中央広場
「……この都市、“祈りと剣の境界線”っていうより、“説教と殴打の交差点”って感じね」
石造りの広場。地下へ続く巨大な階段。
そして、左右に並ぶ二大勢力――修道院と冒険者ギルド。
白衣と聖典と“神の権威”を振りかざす修道院。
対して皮革と斧と“俺の自由”を振りかざすギルド。
彼らの共通点はただひとつ。
お互いの話を聞く気がまったくないことだ。
「第七層の封印は神聖なるものです。無断で踏み込めば、霊脈が乱れ、都市が崩壊します」
修道院代表・アグネスちゃんさん(敬称込み)は、“霊脈”という単語を1分に3回使うことで信頼性を演出していた。
たぶん、言えば言うほど神っぽくなると思ってる。
霊脈、かっこいい響きだよね。
いいね。厨ニっぽくて私は嫌いではないよ。うん。
「封印の奥にある“光る何か”は、俺たちが命懸けで見つけたもんだ。神様が持ってるなら、直接取りに来いってんだ」
ギルド代表・バルドは、“光る何か”という語彙力で、 知性の限界を演出していた。
あと、神様に取りに来いって言うの、わりと無茶。
私は議事用の手帳に静かに書き込む。
修道院:神聖性と霊脈保護を主張。
ギルド:探索権と“光る何か”の所有権を主張。
共通点:語彙が偏っている。あと、声がでかい。
両者とも同じくらいの権力を持ってるから、なおタチが悪い。
バルドはギルドマスターだけあって、安易に暴力には訴えない。
そこは評価できる。よく私の到着まで仲間を引き留めたものだ。
能力は高い。……でも、これ以上は限界かな。
赤ペンを振り回してズバズバ解決しそうなユリウスは、報告のため本部に戻っている。
つまり、現地調停は私ひとり。
あと、かろうじて無敵の暗器使いがひとり。
マリアンヌが本気を出せば、暗器で沈静化できるかもしれない。
でも今の武器は言葉だけ。
そして言葉は、この都市で最も軽い通貨。信用性ゼロ。
「――改めまして、帝国公爵家グランディール領より派遣されました、エリシア・フォン・グランディールです。元帝姫候補、現・修道院改革担当、そして本日付でこの都市の調停役を仰せつかっております。 肩書きは多いですが、目的はひとつ。“誰も殴らずに話を終えること”です。ちなみに、現状はどちらの味方でもございません。なお、紅茶が冷める前に終わるのが理想です。」
今紅茶は無いけどな。
公爵家の権力万歳。
「「こ、公爵家?」」
お、ハモった。すげーな。
水〇黄門になった気分。
とりあえず一旦、解散させたい。
事情もクソもない。
それっぽく話して、冷静になってもらうしかない。
私はとりあえず落ち着いて紅茶が飲みたいのだ。
まずは修道院側。
「修道院の皆様。封印の保護は理解しています。ですが、“光る何か”の正体が不明なままでは、神聖性も“たぶん神っぽい”というレベルです」
んで冒険者。
「ギルドの皆様。探索の成果は尊重します。ですが、“俺が見つけたから俺のもの”は、幼等学校の砂場でも通用しません」
神の威光とジャイアリズムの重さを均一にしてみました。
の〇太君もたまにはかっこいいこと言うんだよ。特に劇場版では。
彼、将来は生物学者だからね!(意味不明)
これで拮抗するかな?
「「・・・・・・。」」
おお、両者は沈黙した。 いいぞー。
それは理解ではなく、たぶん“言い返す語彙を探している時間”だな。
私は手帳を閉じる。
「祈りを制する者は、都市を制する。そして、都市を制する者は――迷宮の底に届く。ただし、届いた先で“光る何か”がただの石だった場合、全員で泣いてください。(つд⊂)エーン」
半分が禅問答。
でもね、意味不明な言葉をしゃべる調停者がいるだけで、 ひとまず冷静にはなれるのよ。
こいつなにわけわかんないこと言ってんのって。
「はいっ!ひとまずこの場は解散!…後でお互いの言い分聞くから!私に免じてここは両者とも引いて下さい!」
「お、おお。分かった。」
「畏まりました。」
こうして、元帝姫候補はダンジョン都市の混沌に踏み込んだ。
祈りと剣、封印と利権、そして“光る何か”。
ダンジョン都市編は、静かに、そしてちょっとバカバカしく始まる。
ぶっちゃけ着いたばかりでなんとも言えない。
まずは基本の情報収集。
第七層? 事前勉強してないからまったくわからん。
G〇〇gle先生、教えてください。
伏字になってないのはご愛敬。




