X-17 粉と麺と12歳の食文化革命
グランディール領・領都市場
視点:エリシア・12歳
「米が三年先なら、粉で戦うしかないわね」
私は厨房に立ち、小麦粉の山を見つめていた。
炊きたての白米は夢の中。
だが、前世の記憶はこう告げていた――「粉は裏切らない」。
「ピザ、ラーメン、うどん、蕎麦、餃子。米がなくても、文明は築けるのよ」
マリアンヌが背後から現れ、静かに包丁を差し出した。
怖い。けど有能。
「エリシア様、餃子の包み方、確認しました。左右対称、ひだは七つ。なお、トリスタン様は皮を破りました」
「兄様、それは“餃子の悲劇”よ。包む前に、心を整えて」
冬季休暇で帰省していたトリスタンが、粉まみれの顔で振り返った。
「エリシア……俺、ピザなら焼ける。でも、この餃子っていうのは……餃子は俺に厳しすぎる……!」
「ピザは焼けるのに、餃子は包めない。それが“兄妹格差”よ」
──数日後。
領都市場の一角に、突如として現れた屋台群。
「粉の祭典」と名付けられたその通りには、見慣れぬ料理が並んでいた。
・丸くて平たい生地に、野菜と肉とチーズが乗った「ピザ」
・細長い麺に熱いスープを注いだ「ラーメン」
・太くてもちもちした「うどん」
・細くて香り高い「蕎麦」
・包まれて焼かれた「餃子」
「……なんだこの食べ物は」
「うまい……! でも名前が覚えられない!」
「“ラーメン”って、魔道具の名前かと思った!」
領民たちは戸惑いながらも、次第に虜になっていった。
市場の売上は急上昇。 繁華街には「粉料理専門店」が次々と開店。
トリスタンはピザ職人として一部で崇められ、マリアンヌは餃子の包み方講座を開講した。
私は、屋台の隅で静かに紅茶を飲んでいた。
「米はまだ遠い。でも、粉があれば、私は生きていける」
マリアンヌが、背後から静かに蕎麦を差し出した。
怖い。けど麺の茹で加減が完璧。
おお、蕎麦湯もあるのか。
こうして、エリシア十二歳の食文化革命は完了した。
米がなくても、食は豊かに。
領都は、香りと湯気に包まれていた。
麺は伸びる前に食べるべき。




