X-16 米と希望と12歳の落胆
グランディール領・農務局
視点:エリシア・12歳
「……麦じゃないの。芋でもないの。私が欲しいのは、炊ける白い粒。つまり、米よ」
私は農務局の机に地図を広げながら、静かに言った。
帝都学院入学を控えた今、どうしてもやっておきたいことがあった。
それは――米の発見と栽培。
「スープに合う主食は、パンよ。だけど漬物には?出汁には?そう、米よ。炊きたての白米…それがあってこそ、真のスローライフが成立するの」
マリアンヌが背後から現れ、静かにメモを差し出した。
怖い。けど有能。
「領内の穀物調査、完了しました。麦、粟、豆類は安定供給。米に似た水耕種は一部存在しますが、品種不明。現在、探索班を編成中です」
「探索班……何班まで出したの?」
「第七班まで。なお、第六班は水路に落ちました」
「……米のためなら、多少の水没は許容するわ」
父・バルバロッサは、米の栽培方法と調理法、合うおかずをまとめた報告書を見ながら苦笑していた。
「エリシア、学院に行く前に穀物革命を起こす気か」
「ええ。制服より先に、炊飯器の未来を考えてるの」
──数日後。
「エリシア様! 見つかりました! これ、米です! たぶんですが!」
探索班の一人が、泥だらけで帰還した。
手には、白くて細長い粒。 見た目は米。香りも米。
おお、すでに精米済みか!
炊いてみたら――米だった。
「……これよ。これが、私の求めていた粒」
私は炊きたての白米を手作りの箸を使って一口食べた。
甘み、粘り、香り。
前世の品種改良済みの米の味には到底及ばないが、紅茶とは違う、静かな幸福が舌に広がる。
泣いた。
「これで、学院でも生きていける……」
だが、農務局の技師長が静かに言った。
「品種は確認できましたが、栽培には水量と土壌の調整が必要です。安定供給には、少なくとも三年はかかるかと」
「……三年……」
私は、炊きたての茶碗を見つめた。
紅茶の湯気は、いつも私を励ましてくれる。
でも、米の湯気は――少し遠かったよ。
泣いた。
「スローライフって、こんなに遠いのね……」
マリアンヌが、背後から静かにふりかけを差し出した。
怖い。けど慰め方が独特。
こうして、エリシア12歳の米革命は一歩前進した。
米は見つかった。だが、炊飯の日々はまだ遠い。
学院入学を前に、彼女は珍しく静かに落ち込んでいた。
学院の制服は整い、紅茶は温かい。
米は、まだ夢の中。




