X-15 制服と寸法と、12歳の沈黙
グランディール邸・舞踏練習室
視点:エリシア・12歳
「……袖、あと三ミリ詰めて。肩幅はそのまま。スカート丈、規定より一センチ長くしておいて。風が吹いた時に、品位が揺れるから」
私は鏡の前で、静かに指示を出していた。
帝都学院の制服は、格式と機能の象徴。
だが、仕立て屋の手元が甘いと、スローライフが乱れる。
「エリシア、あなた……本当に12歳?」
母アマリリスが、ソファから紅茶を飲みながら言った。
優雅な金髪、完璧な姿勢、そして娘への疑念。
「ええ。戸籍上は」
「戸籍が信用できないわね……」
マリアンヌが、背後から静かにメジャーを差し出した。
怖い。けど有能。
「エリシア様、背丈は昨年より三センチ伸びています。ただし、肩の可動域は変化なし。剣術訓練の影響で、左肩の筋肉がやや発達しています。制服の裁断に影響が出るかと」
「……それ、学院の入学式で言うと、友達できないわよ」
アマリリスが、紅茶を置いて立ち上がった。
「でも、嬉しいわ。あなたが学院に行くなんて。生徒たちに囲まれて、少しは“普通の子”になるかしら」
「“普通”の定義によるわね。学院の平均IQが私の紅茶の温度より低かったら、むしろ非日常よ」
「あいきゅう?確か前にあなたが言っていた知能の高さのことだったかしらね……あなた、入学初日で校長に目をつけられるわよ」
「校長が紅茶を淹れられるなら、仲良くするわ」
仕立て屋が、静かにうなずいた。
「……お嬢様、制服の調整、完了いたしました。これほど細かい指示をいただいたのは初めてです。まるで、軍服の仕立てのようで」
「学院は戦場よ。紅茶と秩序のために、私は戦うの」
「ハァ…学院で一体なにと戦うというの?…私の時はそんなこと考えもしなかったわ。確かにある程度、貴族同士の交流や諍いはあったけれど」
そう、まさになろう小説では貴族学院と言えば伏魔殿。魑魅魍魎が跋扈する夢の建造物。
私の戦場へ赴く心意気に、マリアンヌが背後から静かに拍手した。
「さすがエリシア様です。私も勿論加勢致します」
怖い。けど忠誠心がある。
うん、暴力じゃなくてね。違う意味の戦場だからね。
アマリリスは、娘の背中を見ながら、静かに言った。
「……あなたが学院で何を起こすか、母としては不安しかないけれど。でも、少しだけ楽しみでもあるのよ」
「安心して。私は秩序を乱さない。ただ、秩序の定義を更新するだけ」
こうして、エリシア12歳の学院入学準備は完了した。
制服は整い、紅茶は温かく、母と侍女は静かに見守る。
スローライフには、まだ遠い。




