X-14 立場と苦労と、十一歳の軍制改革
グランディール領・軍務局
視点:エリシア・11歳
「……で、兵同士が喧嘩してるのね」
私は軍務局の窓から、街路の騒ぎを見下ろしていた。
領兵と衛兵。
前者は領主城の警備と外敵への対処を担う軍事部隊。
後者は領都の治安と外壁の警備を担う都市部隊。
どちらも職務は重要。そしてどちらも仲が悪い。
「昨日は市場で殴り合い。一昨日は城門門番と城壁門番同士で罵倒合戦。その前は……水路の掃除を押し付け合ってたわね」
父・バルバロッサが、報告書を見ながらため息をついた。
「兵団同士の対立は、昔からある。だが、ここまで露骨なのは珍しい。領民の不安も高まっている」
「そうね…じゃあ、立場を逆転させましょう」
「……は?」
「領兵を衛兵に。衛兵を領兵に。全員、職務を入れ替えるの。互いの苦労を知れば、少しは黙るでしょう」
父はしばらく沈黙した。
そして、静かに言った。
「……それは……軍制の根幹を揺るがすぞ」
「でも、秩序は“形式”じゃなくて“機能”で保つものよ。今の兵団は、形式に囚われて機能を失ってる。でしたら、揺らして再編すればいい」
父は、静かにうなずいた。
「……やってみるか。ただし、責任者はお前だ。領兵と衛兵、両方の指揮官に説明してこい」
「了解。紅茶の時間は削るけど、スローライフのためなら我慢するわ」
──数日後。
「領都の警備、こんなに面倒だったのか……」
「外壁の巡回、暑すぎる……」
「城の警備って、こんなに神経使うのかよ……」
「城壁の外の監視、夜は地味に怖いんだが……」
「4丁目のじーさんにまた絡まれたんだけど…」
兵たちの愚痴が、街のあちこちで聞こえる。
だが、そこに怒りはなかった。
代わりに、互いの苦労を理解する“共感”が生まれていた。
私は軍務局の会議室で、最終案を父に提出した。
「領兵と衛兵を統合して、“領軍”を編成します。全兵士が、警備・治安・軍事の三職務をローテーションで担当、職務の偏りをなくし、兵団間の対立を防ぎます。ついでに、福利厚生、休憩制度も見直しておきました。」
父は、報告書を見ながら静かに言った。
「……11歳とは思えんな。可愛くても合理的だ。くぅっ…これなら、兵団の機能も秩序も保てる」
父上、最後まで我慢できなかったか。
「スローライフのためには、兵士も静かでいてほしいのよ。紅茶の時間に、外で怒鳴られると味が落ちるから」
こうして、エリシア11歳の軍制改革は完了した。
秩序と実務の再編。
兵団の対立は、立場の逆転と共感によって静かに終息した。
だがスローライフには、まだ遠い。




