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X-13 最低賃金と帝国秩序と、11歳の違和感

グランディール公爵邸・応接室

視点:エリシア・11歳


「……この制度、どう考えても“人材管理”として破綻してるわよね」


私は応接室の帳簿をめくりながら言った。

この帝国には奴隷制度がある。不条理なものではない、きちんと整備されたものだが。

でも私は元日本人、到底受け入れられるものではない。

奴隷登録台帳。

帝国が秩序維持のために管理している“労働力”の一覧。

その中には、年齢、性別、所属主、技能、そして――報酬欄が空白の者たちが並んでいた。


「エリシア、これは帝国の通例、悪く言えば伝統なのよ。急に変えるのは難しいわ」


母・アマリリスが、穏やかに紅茶を注ぎながら言った。

その隣で父・バルバロッサが眉間を押さえていた。

彼は帝国の国務尚書。

制度の重みも、娘である私の言葉の重みも、両方理解しているだろう。


「伝統って、便利な言葉よね。“昔からそうだった”って言えば、だいたいの不合理が正当化される。でも、私は“昔からおかしかった”って言いたいの」


父が静かにうなずいた。


「……では、どうしたい?」


「まず、“最低賃金”を定める。奴隷という立場でも、労働には対価が必要。奴隷だけではないわ、平民にも適用する。それがないと、制度じゃなくて搾取になる」


母が少し驚いたように言った。


「でも、奴隷は財産扱いよ?雇用契約ではないわ」


「財産にしては、ずいぶん働いてるわよね。だったら、せめて“労働財産”として扱って。動く家具じゃないんだから」


父が帳簿を見つめながら、静かに言った。


「……最低賃金を定めるには、帝国法の再解釈が必要だ。“奴隷にも生活がある”という前提を、法に組み込まねばならない」


「それでしたら父様、帝国法の“人間の定義”から見直す必要があるわ。でも私は奴隷制度自体の“撤廃”を求めてるわけじゃない。“改善”よ。まずは、最低限の給与と、週に一度の自由時間。それだけでも、彼らの“人としての感覚と尊厳”は保てるわ。それと帝国で力が強い教会の権威を借りるのでもいいわ。グレーな部分もあるけど、経典にあるでしょう。すべての人間、亜人は秩序を伴う社会において平等である、と。」


母が、静かに紅茶を置いた。


「グレー…白でも黒でもない、灰色ということね……あなた、本当に11歳なの?」


「前世では45歳だったわ。でも、今は11歳で子供だから、法改正は親経由でお願いしたいわ」


父が、少しだけ笑った。


「わかった。国務尚書として、提案書をまとめよう。“奴隷労働環境改善案”。最低賃金と自由時間の導入。ラファ(ラファエロ)に依頼して教会を取り込んだ後、まずは門閥貴族から説得していく」


「あー父様、その時、“人道”って言葉は使わないで。“労働効率”と“維持コスト”で攻めて。何もさせない休日の時間が確保できれば、その日は維持費は使わないで済むのだから。それに貴族は、財布の話なら耳を傾けるから」


奴隷を”道具”として扱う感覚を、”従業員”として扱う感覚に変えるだけでも大分違う。


「食費等、維持費と週一日の休日を丸々奴隷に与えることで、結果的に維持費削減に繋がる。よく働く者に対しては若干の給与向上を。それだけでも奴隷達は生きる力を保てるはず。」


母が、そっと微笑んだ。


「あなた、本当に帝国の改革を進めるのね。でも、スローライフは遠ざかってる気がするわよ?」


「それは……認めるわ。でも、せめて“人として扱われる人”が増えれば、私の紅茶も少しだけ美味しくなる気がするの」


こうして、エリシア11歳の奴隷制度改革は始まった。

撤廃ではなく、改善。

ひとまずは人道ではなく、合理。

帝国の秩序の中で、少しずつ“人としての感覚”が芽吹いていく。

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