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1-13 転機 ― 聖女の奇跡と査察官の赤ペン

修道院の門が開いた瞬間、空気が変わった。

湿気と虫と信者の熱狂が渦巻くこの孤島に、冷静と沈黙をまとった男が降臨した。


「教会本部所属、1級査察官、ユリウス=グレイヴァルトだ。」


年の頃は30歳前後だと思う。モノクルを右目に掛けておるな。

名乗りと同時に、胸ポケットから赤ペンがチラリ。

……うん、噂通りの“理性の紅筆”。赤ペン先生、現る。


「講演会における教義逸脱の可能性について、調査に来た。」


彼の声は冷静沈着。感情の起伏ゼロ。

まるで“奇跡”を“会計監査”するかのような雰囲気。


「査察官様、聖女様の奇跡は本物です!信者の方々が癒され、希望を持たれました!」


修道女の一人が、目を潤ませながら必死に訴える。

……たぶんこの前の講演会で“聖女の涙”を飲んだ組だな。

感動の余韻がまだ抜けてない。

ユリウスは講演会の台本に赤ペンを走らせながら、一言。


「希望は尊い。しかし、教義逸脱は容赦しない。」


ああ、これが“赤ペン先生”の洗礼か。

信仰も感動も、赤でバッサリ。

私は、講演会の台本を手にしながら、彼に声をかけた。


「皇都での次回講演、どうなるんでしょうね。あの“奇跡の水”、湧き方が……ちょっと演出過剰でしたし。」


――そう、あれは学院時代。

皇子の公務を肩代わりしていた頃、まだ聖女候補であったミレーネが学院礼拝堂で“奇跡の祈り”を披露したことがあった。

壇上で祈りを捧げた直後、床の石板がカコンと音を立てて開き、そこから水が湧き出した。

信者たちは歓喜したが、私は見逃さなかった。

祈りの直前、礼拝堂の隅にいた使用人が、何かのレバーを引いていたのを。


「……あれ、地下水路のバルブ操作ですよね?」と、当時は誰にも言わず、心の中でツッコんだ。

その記憶が、今ここで活きるとは。人生、何が役に立つかわからない。

ユリウスの目が、私に向けられる。


「あなたが……エリシア・フォン・グランディール公爵令嬢。」


あ、履歴書読まれた。査察官って、記憶力も赤ペン級なの?


「ええ、記録資料の整理をしていたので、講演の構成は把握しております。」


※転生者設定はもちろん伏せてます。企業コンサル経験?そんなの言うわけない。

ユリウスは一瞬だけ眉を動かした。


「帝都講演は、教会本部の判断により中止となった。」


「まあ、それは残念ですわねぇ(棒)」


「……。」


※なお、講演中止のきっかけは、私が匿名で送った“講演台本の演出指摘書”と“水源の地質調査報告”だったりする。

もちろん、誰にも言ってない。

言うわけない。

その後、私はセラフィーナの執務室へ向かった。

彼女はいつものふわりとした笑みで迎えてくれる。


「まあ……エリシア様。ご機嫌麗しゅうございますか?」


「ええ、麗しいですわ。皇都講演が中止になったと聞いて、いろんな意味で。」


「……やはり、教会本部は動かれましたのね。」


「ええ。講演会の台本、パンフレット、寄付金の収支報告――全て、イベント運営資料にしか見えませんでしたから。」


セラフィーナは一瞬だけ沈黙し、そして静かに頷いた。


「……信仰とは、心に灯るもの。あまりに眩しく照らしすぎれば、かえって影が濃くなってしまいますわね。」


「その通りですわ。あと、奇跡の水の湧き方、あれ地下水脈ですよね?」


「……ええ。実は、修道院の地下に古い水路がありまして。聖女様の祈りのタイミングと、仕掛けの開閉が……」


「セラフィーナ様、それ以上は言わなくていいです。赤ペン先生が聞いてますから。」


ユリウスが、いつの間にか背後に立っていた。

マリアンヌが「気配を消すのは私の専売特許なんですが」と小声で抗議している。


「……“赤ペン先生”とは、よく言われる。」


彼は一瞬だけ赤ペンを見つめ、そして静かに言った。


「本来は“理性の紅筆”という二つ名なのだが……なぜか現場では“先生”扱いされることが多くてな。」


「査察官なのに、先生呼ばわり。人気職ですね。」


「……査察官は、人気職ではない。恐れられる職だ。」


「でも、赤ペン持ってると、つい“先生”って言いたくなりますのよ。」


「学院時代は恩師によく赤ペンで論文を添削されたものだ。呼び方自体は……理解はするが、納得はしていない。」


その言い方が、妙に面白くて、私は思わず口元を緩めた。

こうして私は、ユリウスと共に“奇跡の裏側”を暴くことになった。

信者の熱狂、聖女の演出、そして教会本部の懸念――

すべてが、赤ペンの先に記されることになる。

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