X-12 式典と信仰とコンビニ
グランディール領都・新市街区
視点:エリシア・11歳
「では、これよりグランディア新市街区・下水道完成記念式典を執り行います!」
司会の声が響いた瞬間、拍手が起こった。
だが、その拍手は普通ではなかった。
元スラム街住民たちの拍手は――熱狂的だった。
「エリシア様ァァァァァァァァ!!」
「我らが光! 我らが水道! 我らがアパルトメントの女神ィィィ!!」
「この清潔な床に、エリシア様の御名を刻ませてください!!」
(刻まなくていい)
私は、式典用の白いドレスを着ていた。
帝姫教育の成果として、微笑みの角度は完璧だった。
だが、目の前の群衆は、もはや“市民”ではなく“信者”だった。
「エリシア様のご慈悲により、我らは風呂に入れるようになりましたァァァ!!」
「この水圧! この排水速度! これは神の技術です!!」
(技術者は別にいるんだが)
マリアンヌが、式典警備の責任者として隣に立っていた。
腰の暗器は、いつもより多め。
彼女は冷静に群衆を見渡しながら、私にささやいた。
「お嬢様、信仰の暴走は秩序の崩壊に繋がります。必要であれば、群衆を“静かに”落ち着かせます」
「やめて。せっかくお風呂に入れるようになったのに、かえって血で汚れるでしょ」
「承知しました。では、代わりに“じゃがいも配布”で鎮静を」
「それは…有効かもしれない」
父が後方からそっと顔を出した。
「エリシア……お前、11歳だよな?」
「はい。ですが、都市整備は年齢で止まりません」
「くうっ…そこがまたかわいい……胃薬どこだ……」
式典は進行した。
新設されたアパルトメントは白壁で統一され、下水道は魔物耐性付きの最新型。
住民たちは涙を流しながら、排水口に感謝していた。
「この排水口に、エリシア様の肖像を彫ってもよろしいでしょうか!!」
「やめて。詰まるから」
そして、式典の最後。
私は壇上で述べた。
「都市とは、構造で評価されるべきです。そして構造は、人の尊厳から始まります。排水は、尊厳です」
その瞬間、群衆が爆発した。
「尊厳だァァァァァァァ!!」
「排水こそ信仰!!」
「エリシア様の微笑みで、我らの水圧は安定するゥゥゥ!!」
マリアンヌが、そっと暗器をしまった。
「お嬢様。信仰は制圧されました。じゃがいもも、無事です」
──そして、式典の締めくくり。
私は静かに、最後の発表を行った。
「本日より、新市街区にて“コンビニエンスストア”の営業を開始します。衛兵常駐で全3店舗、24時間営業、軽食・生活用品・じゃがいも加工品・雑貨を取り扱います。都市の秩序は、利便性からも始まります」
公共事業はまだ続く。
三交代勤務の仕事場もあるから、あると便利だと思ってコンビニも作ってもーた。
商業ギルドを黙らせるのに苦労したけど。
群衆、再び爆発。
「エリシア様ァァァァ!! 文明の女神ィィィ!!」
女神じゃないよ。前世の知識だよ。
「じゃがいもチップスが夜中に買えるなんて……これは奇跡です!!」
うん。フライドポテトもあるからね。ただ肥満には気を付けて。
「この冷蔵庫の音……エリシア様の息吹……!!」
いやそれ内蔵魔石と魔方陣が稼働する音だね。
マリアンヌが、再び暗器に手をかけた。
「お嬢様。冷蔵庫への信仰は、想定外です」
「落ち着いて。冷蔵庫はただの魔道具よ」
「ですが、エリシア様が開発された魔道具です」
こうして、グランディール領都のスラム街は、 清潔な都市区画として生まれ変わり、 排水は流れ、信仰は湧き、コンビニは開店した。
帝国の未来は、今日も少しだけ便利で、そして平和だった。




