1-11 潜入 ― 奇跡の講演会と院長の本音
「……で、これが“奇跡の報告会”ってやつ?」
私は、修道院の講堂に設けられた特設ステージを見て、思わず眉をひそめた。
壇上には金色の布、虹色の照明、そして中央には聖女ミレーネの肖像画。
背景は当然のようにハートと星。
どう見ても宗教施設というより、推しのライブ会場。
「・・・これ、“奇跡の報告”っていうより“聖女のファンミ”だよね。ミレーネって顔だけは良いから、なおタチが悪い。」
「はい。信者の方々は、聖女様の微笑みを拝むだけで心が浄化されると……」
「浄化っていうか、もーね、洗脳確定ですよ。しかも入場料取ってるし。」
マリアンヌは修道女に紛れて私のそばや舞台周辺、売店を行ったり来たりしている。
隠密スキルを活かして、講演会の裏側を色々と絶賛潜入調査中である。
そのせいで時々気配が消える。そして気が付くと後ろにいる。怖ええよ。
壇上では、司会役の修道女が朗々と語っていた。
「聖女様は、微笑み一つで作物を育て、涙一滴で海を浄化されました――」
それ、農業と下水処理の専門家が聞いたら泣くぞ。
「奇跡の実例として、先月の“聖女のくしゃみで風邪が治った”報告もございます。」
それ、ただの偶然だろ。くしゃみで治るなら、私ならしゃっくりで奇跡起こせるわ。
それとも何か?聖女のくしゃみはバタフライエフェクトか何かなの?
一生懸命番組作ってるN〇Kのスタッフに謝れ。
講演の合間、信者たちは“奇跡の記念品”として、聖女の肖像入りのハンカチや“加護のキャンドル”を売店で購入していた。
価格は“お気持ち”制だが、最低額がしっかり設定されているあたり、商魂逞しい。
「……信仰の名を借りた推し活商法という訳か。・・・こりゃ聖女ミレーネも転生者確定かな。マリアンヌ、お金の流れはどう?」
「はい。収益は“聖女ミレーネ後援会”を通じて、各地の聖女派の修道院に分配されているようです。」
「つまり、セラフィーナはこの修道院を“奇跡の実演会場”として運営してるわけか。なかなかのマネジメント手腕だな。教義とはかけ離れているが。」
講演終了後、私はセラフィーナに声をかけた。お嬢様モードで、にっこりと。
「セラフィーナ様、本日の講演、とても感動的でしたわ。聖女様の奇跡、まるで夢のようですの。」
「まあ……ありがとうございます。信者の皆様の心に、聖女様の光が届いたなら、これ以上の喜びはございませんわ。」
「ですが、奇跡の維持には、かなりの資金が必要なのではなくて?」
セラフィーナは一瞬だけ、笑みの奥に鋭い光を宿した。
そして、ふわりとした口調のまま、ぽつりと漏らした。
「ええ……信仰は、心を救います。でも、現実を動かすには、資金が必要ですの。奇跡を信じる人々のために、奇跡を“見せる”には、仕組みと支えが要るのですわ。」
「つまり、“信仰の演出”ですのね?」
「・・・さすがはグランディール公爵家のご令嬢、御見それいたしました。ご理解頂き助かりますわ。ええ。演出がなければ、人は奇跡を見逃してしまいますもの。それに……聖女様の名が広まれば、教会の秩序も保たれます。混乱を防ぐためにも、奇跡は必要ですの。」
私は、セラフィーナの笑顔を見つめながら思った。
彼女は天然でふわふわしてるように見えて、実は信仰と現実のバランスを冷静に計算している。
「……あの人、天然の皮をかぶったプロデューサーだな。」
「はい。信仰の演出家と呼ぶべきかと。」
「演出家……うん、確かに。信者の心を動かして、財布も動かす。帝都の大劇場で働いても出世しそうだよ。」
私は椅子に腰掛け、ギシギシと軋む音を聞きながら、ため息をついた。
「さて、どうするかな……。また働く羽目になりそうだ。転生してまで社畜って、どんな罰ゲーム?」
マリアンヌは無言でサムズアップした。
その笑顔が、なぜか背筋を寒くさせるのは気のせいじゃない。




