X-10 冷蔵と魔力と、じゃがいも革命
グランディール領・技術開発室
視点:エリシア・10歳
「じゃがいもが腐るのは、国家の損失です」
その一言で、技術班の空気が止まった。
10歳の令嬢が、じゃがいもを前にして真顔だった。
だが、彼女は本気だった。
帝姫教育の合間に、領地経済の根幹を見抜いていた。
「保存技術の限界は、流通の限界。なのでここで冷蔵です。魔道冷蔵庫を作ります」
技術長は震えた。
「お嬢様……冷却魔法は維持コストが高すぎます。魔力供給だけで、庶民の月収が吹き飛びますぞ」
「ですので、節電します。魔力節約型冷却陣を新設するわ」
「…せつでん?」
──開発は始まった。
魔道陣の再設計、魔力流路の最適化、魔石の配置角度の調整。
エリシアは、魔道理論と経済原則を同時に操った。
「マリアンヌ、魔石の供給状況は?」
「はい。従来型の魔石は高価ですが、お嬢様が提案された“分割設置方式”により、小型魔石の連結運用が可能となりました。コストは従来の約38%です」
「よろしい。じゃがいもは、贅沢品ではなく、庶民の命よ。冷蔵庫も、庶民の命を守る道具であるべき」
マリアンヌは、冷却陣の前で敬礼した。
「お嬢様のご命令により、魔力節約型冷蔵庫、完成いたしました。名称は“エリシア式じゃがいも保冷箱”でございます」
「名前が長い。もっと売れそうな名前にして」
「では、“エリ冷”などいかがでしょうか」
なんかエオ〇アみたいな。徳永〇明か。
「それはそれで冷えすぎてる気がするわね」
──そして、試作品第3号が完成した。 結局魔力消費は従来の1/5まで下げることができた。
魔石は分割設置で交換可能。
冷却性能は、じゃがいもの鮮度を2ヶ月間保つレベル。
「お嬢様、これなら遠方への市場流通も可能です。庶民層への普及価格帯で、十分な利益が見込めます」
「よろしい。じゃがいもは腐らない。そして、腐らないじゃがいもは、帝国を腐らせない」
父が開発室に顔を出した。
「エリシア……お前、10歳だよな?」
「はい。ですが、冷蔵技術は年齢で止まりません」
「くうっ…そこがまたかわいい……胃薬どこだ……」
こうして、“魔道冷蔵庫革命”は始まった。
市場には“エリ冷”が流通し、庶民の台所に魔道の風が吹いた。
じゃがいもは腐らず、信頼され、そして冷えた。
帝国の未来は、今日も少しだけ冷たく、そして平和だった。




