X-7 紅茶と女王と、9歳の観察者
グランディール公爵邸・南庭園東屋
視点:エリシア・9歳
「……この茶葉、香りは上品だけど、後味が“寄付の予感”ね」
私はカップを傾けながら、静かに評価した。
目の前には、母アマリリスと“紅茶の女王”ことラファエロさん。
当時はまだ枢機卿ではなかったが、すでに教会内では“茶葉で財布を開かせる女”として有名だった。
「まあまあエリシア、そんな顔しないの。ラファエロ様のお茶会は、帝国婦人界の社交の頂点なのよ?」
「頂点で財布が開くなら、私は山の麓で水を飲みたいわ」
ラファエロさんは笑っていた。
優雅で、品があって、でも目が笑ってない。
この人、絶対に紅茶で人を動かすタイプだ。
「エリシアちゃんは、香りの層を見抜くのね。この茶葉は、南方の聖樹園で採れた“銀露”よ。教会の儀式にも使われる、特別なものなの」
「儀式って、寄付の儀式ですか?」
母が笑いながら、私の頭を撫でた。
「この子、最近皮肉が板についてきたの。前世の記憶があるんじゃないかって思うくらい」
「それは……あるかもしれませんね。この子、茶葉の産地と流通経路を聞いて、即座に“利益率”を計算してましたし」
「だって、茶葉の流通は貴族の政治と直結してますから。香りの裏には、だいたい“派閥”がいます」
ラファエロさんが、カップを置いて微笑んだ。
「エリシアちゃん、あなたは将来、帝国の中心に立つでしょう。その時、紅茶の香りで人の本音を見抜けるようになっているといいわね」
「香りより、帳簿の数字の方が正直です」
母が吹き出した。ラファエロさんも、少しだけ目を細めた。
「では、次の茶葉は“真紅の誓い”。香りは甘く、後味は……そうね、“忠誠”かしら」
「忠誠って、茶葉で出るんですか?」
「出ます。高い茶葉ほど、出費と忠誠が比例します」
私は、カップを見つめながら思った。
この人、紅茶で帝国を動かす気だ。
そして母は、笑いながらその流れに乗っている。
私は、9歳にして“紅茶=政治”という現実を知った。
こうして、エリシア9歳のお茶会は終了した。
香りと皮肉、笑顔と帳簿―― 帝国の社交界は、今日も優雅に財布を開かせていた。




