X-6 空と芋と、飛竜便のはじまり
グランディール邸・書斎
視点:エリシア・9歳
「父上、物流改革の提案があります」
その日、私は書斎の扉をノックもせずに開けた。
帝姫教育の講義を終え、じゃがいも畑の視察を終え、次に着手すべきは――領内物流、
ひいては帝国内物流の根本的な見直しだった。
「……また何か始めるのか? 昨日は“芋で世界を救う”って言ってたぞ」
「今日は“空で世界を制する”です」
父がペンを落とした。
最近、よく落とす。
「空……?」
「ええ。空と物流を制する者は、世界を制します」
私はばさっと手持ちの地図を広げた。
グランディール領は広い。馬車では限界がある。
腐敗率、遅延、盗難――地上輸送にはリスクが多すぎる。
「そこで、空路です。ワイバーンを卵から育て、飛行輸送に活用する。名付けて“飛竜便”。私が16歳になるまでに開通させます」
父は椅子に沈み込んだ。
その顔は、驚愕と誇らしさと胃痛の三重奏だった。
「……お前、9歳だよな?」
「はい。ですので、卵の孵化から調教、飛行訓練、積載設計まで、7年あれば十分です。初期投資は高いですが、長期的には馬車隊の維持費を下回り、逆に削減した分の馬車隊を鉄道馬車化させることが可能です。」
飛竜便計画書と鉄道馬車計画書、両方渡す。
それを見て父は顎に手をやりウンウン唸りだす。
「……ワイバーンって、あの空の飛ぶトカゲだよな?あと、…鉄道馬車?」
「トカゲではなく、飛竜です。感情制御が難しいですが、忠誠心は高く、“芋を運ばせる”程度なら問題ありません。鉄道馬車のほうはまだ先の話になります。飛竜便を兼ねる騎手のパトロールによって領内の治安がある程度安定すれば、各所までのレール敷設が可能となります。」
「芋を空輸するのか……」
「芋だけではありません。薬品、書簡、緊急物資。はては隠密や特殊訓練を積んだ兵士に至るまで。帝国の“即応力”を支えるインフラになります。鉄道馬車もしかりです。飛竜よりは遅いですが、現状の馬車便の1.3倍の速さと、1.5倍の積載輸送が見込めます。」
「い…いんふら?…ハァ…」
父は机に突っ伏した。
その背中は、もはや諦めではなく、感動だった。
「……エリシア。お前は、何者だ?」
「父上の娘です。そして、帝国の物流を空に押し上げる者です」
「くうっ…そこがまたかわいい……!」
こうして、飛竜便構想は正式に始動した。
ワイバーンの卵は、地下温室に設置され、 マリアンヌが毎日「おじょうさまのために、すこやかにそだってくださいませ……いもたろう」と語りかけていた。
いもたろうて。ヤメテ。
帝国の未来は、今日も少しだけ空を見上げ、そして芋くさく、平和だった。




