X-5 じゃがいもと帝姫と、ひらがみメイド
グランディール領・南部穀倉地帯
視点:エリシア・8歳
つまらない帝姫教育の午前講義が終わると、私は即座に領地へ向かった。
今日のテーマは「じゃがいもによる食糧戦略の再構築」。
麦は輸出、芋は内需。
帝国の胃袋を守るのは、炭水化物の最適化である。
小麦に依存しすぎなんだよ。この国というか世界は。
だから飢饉なんてものが時節起こる。
もっとバリエーション増やしていこうよ。芋とか、米とか、蕎麦とか、米とか。
うう、米食いてえ。
「マリアンヌ、資料は?」
「はい、おじょうさま。じゃがいもしゅうかくデータ、きょねんぶんまでそろえてございます」
「よろしい。農民たちに“芋は敵ではない”と伝える準備を」
「かしこまりました。わたくし、いのちをかけてじゃがいもをまもります」
「命はかけなくていい。芋は命じゃない」
「ですが、わたくしにとっては、いのちよりたいせつな、おじょうさまのごしじんもくでございます」
「ご神木じゃない。ご指示」
「ごしじ……はい、そちらでございます」
とりあえず生育の比較的楽なじゃがいもを広めることにする。
マリアンヌは、完璧なメイド服姿で資料を抱えながら、 畑のじゃがいもに向かって一礼した。
「じゃがいもさま、どうかおじょうさまのために、すこやかにそだってくださいませ……」
(この子、忠誠心の向け方がちょっとズレてるな)
その日、私たちは農民代表を集めて「じゃがいも推進説明会」を開催した。
私は収穫周期、保存性、調理法の多様性を数値で示し、 マリアンヌは「じゃがいもはやさしいです」と感情面を補強した。
「おじょうさまのごけいかくは、じゃがいもによって、せかいをすくいます」
「世界は救わない。領地の食糧事情を改善するだけ」
「それはすなわち、せかいのはじまりでございます」
農民たちはぽかんとしていたが、資料と情熱のコンボにより、 じゃがいも畑の拡張が正式に決定された。ちゃんと芽を取って火を通してから食べてね。
「マリアンヌ、次は流通ルートの再設計よ。馬車隊の動線を最短化して、腐敗率を下げる」
「はい。わたくし、じゃがいもをだいじにあつかうよう、ぎょしゃのかたに“いのちのように”とつたえてまいります」
「命じゃないって言ってるでしょうが」
こうして、帝姫教育のかたわらで進めた領地改革は、8歳と7歳のコンビによって、着実に成果を上げていた。
帝国の未来は、今日も少しだけ芋くさく、そして平和だった。




