継続は力なりだよね⑧
三日間。
私はただひたすらに歩き続けた。
擬似太陽が昇っては沈み、森を照らし、また闇を落とす。
秘境ではあまり感じなかった「時間の流れ」を、今ははっきりと肌で感じていた。
自動マッピングは脳裏に広がり、迷宮の森の形を少しずつ描いていく。
「うぅ、これがなかったら、とっくに迷ってた自信しかないよ……」
独り言で自分を落ち着けながら、一歩一歩を踏み締めた。
モンスターは避けられるものはすべて避けた。
気配遮断を保ち、千里眼で先を見通し、危険を察したら迂回する。
どうしても避けられないときだけ、閻魔で弱点を撃ち抜く。
戦いは最小限。これが、四年間秘境で磨いた、生還する為のルールだ。
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二日目の夜。
足は鉛のように重く、思考も鈍り始めていた。
「だめだぁ……もう限界。どこかで寝なきゃ」
大岩の陰を選び、腰を下ろす。
まず千里眼で周囲を確認。黒翼鳥や蛇は遠い位置。接近してくる気配はない。
次に気配遮断を展開し、最後にシールドを張る。
「これで……少しは安心できるよね」
白法のマントのフードを深く被り、背を壁に預ける。
眠りは浅く、音ひとつで目が覚める。
それでも、ほんの数時間の仮眠で体はわずかに軽くなった。
秘境の小屋がどれほど守られた場所だったか、痛感する瞬間でもあった。
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三日目の朝。
擬似太陽が森を照らす中、再び歩き出す。
脳裏の地図はつながり、複雑な森が一枚の絵となっていく。
「……そろそろ、見つかってもいいはず」
焦りを抑えつつも、胸の奥で期待が膨らんでいた。
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やがて、木々が途切れ、空気が変わる。
そこに現れたのは、岩壁に埋め込まれた巨大な扉。
苔むした表面には、古代紋様のような刻印がびっしりと走っていた。
淡く光が脈動し、生き物のように扉全体を震わせている。
「……これって……」
息を呑む。
秘境の中から千里眼で見たことは一度もない。
でも、この圧は間違いない。
ボス部屋の扉。
「三日かけて……ようやく見つけたよ!」
胸が高鳴る。けれど同時に、胃の奥が冷たく重くなる。
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私は深く息を吸い、冷静に頭の中で選択肢を並べた。
ひとつは――この扉を越え、ボスを倒すこと。
10階層ごとに存在する転送装置は、必ずボス部屋の先にある。
倒せば最短で地上に戻れる。
ただし失敗すれば、そこで終わりだ。
もうひとつは――310階層まで降りること。
転送装置は十階層ごとに必ずあるという。
ボスを避け、319階層から310階層まで降りきれば、そこから地上へ戻れる。
だが九階層分の探索と戦闘。消耗は計り知れない。
最後に――ランダムBOXで帰還アイテムを狙う方法。
けれど私は四年間、何百ものランダムBOXを開けても一度も出なかった。
――これは現実的じゃない。除外。
「結局……二択、か」
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扉を見上げる。
苔むした刻印は淡い光を脈動させ、呼吸するようにこちらを圧してくる。
その先に待つボスは、きっと319階層で相手したどのモンスターよりも強大。
「……閻魔で、倒せるのかな」
閻魔は何度も試した。
巨大蛇の逆鱗を一撃で貫いた。
黒獣狼の頸椎を穿った。
狙えば外さない精度もある。
けれど――それでも一撃で沈む保証はない。
「もし倒せなかったら……?」
立ち止まる。
外に出たばかりで、まだ三日しか経っていない。
焦って挑むべきじゃないのかもしれない。
一方で、310階層まで降りる道も思い描く。
無駄な戦いを避け、気配遮断と自動マッピングで進めば、可能性はある。
でも九階層分。
遭遇は避けきれず、戦闘は必ず増える。
長期戦での消耗は、短期決戦よりも危険かもしれない。
「短期決戦か、長期探索か……」
考えれば考えるほど、答えは見えなくなる。
ただ一つだけはっきりしているのは――どちらにせよ、どちらかをクリアしなければ、帰れないということ。
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私はマントのフードを深く被り直し、胸元のポーチを軽く叩いた。
癒しの水は数百本以上、十分すぎるほどある。
魔力量も4320。
「……できるはず。私なら」
声に出すことで、少しだけ迷いが和らぐ。
けれどまだ決断は下せない。
扉の前で立ち尽くす。
圧力に押し潰されそうになりながらも、口角を上げて小さく笑った。
「生きて帰るんだ……」
その言葉だけを胸に、私はしばし立ち尽くした。