継続は力なりだよね⑥
白い空がゆっくりと輝きを増していた。
この秘境で迎える最後の朝――そう思うだけで、胸の奥が熱く震える。
「……よしっ!」
声にした瞬間、長い時間の重みがずしりと降りてきた。
魔力量は4320。ランクは25。
四年間積み上げたすべてを背負い、私は境界の向こうへ行く。
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思い返せば、最初にここへ来たときの魔力量は20足らずだった。
ランダムBOXから出た【ファイアアロー】を必死に試しても、歪な矢をつくる程度が精一杯だった。
それでも、繰り返しイメージを重ねた。
名前を与え、意味を込め、炎を矢として形作る――その積み重ねで、私はついに白炎白夜を生み、青炎晴天を編み出し、黒炎閻魔に至った。
「……本当に、よくやったよね、私」
机の上に積まれた日記を手に取る。
そこには魔力量の推移、討伐数、弱点の記録――四年間のすべてが詰まっていた。
それを一冊ずつ、マジックポーチに収めていく。
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ランダムBOX【虹】から出たマジックポーチ。
内部は異空間になっているみたいで、入れたものは消えるように収まり、重さは増えない。
癒しの水のボトルと、詰め替えたペットボトルやタンクも大量に保管してある。
そこに日記や生活道具も格納した。
「もう、置いていくものなんてない」
ポーチを肩に掛け、白法のマントを羽織る。
フード付きのそのマントは、私を守る大切な装備。
マントの下にポーチを隠すように身につけ、胸元をきゅっと締める。
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髪を丁寧に梳き、後ろでひとつに結んだ。
「やっと、外に出るんだもん……少しは可愛くいたいよね」
鏡に映る自分に小さく笑みを浮かべる。
靴紐を結び直し、姿勢を正す。
十八歳の少女としての私と、戦士としての私が、今ここに立っていた。
扉を開けて外に出る。
振り返ると、小屋が静かに佇んでいる。
「四年間……ありがとう」
それだけを告げ、深く頭を下げた。
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境界線の十メートル手前に立つ。
何百、何千と矢を放ったこの位置に、今日は“越える”ために来た。
「大丈夫。私はやれる。」
自分に刻むように呟く。
癒しの水も、準備も、覚悟も――すべて整っている。
けれど最後に、ひとつ。
私は千里眼を展開し、境界線の向こうを覗いた。
そこに広がっていたのは、ダンジョン319階層。
青い空には擬似太陽が輝き、森が広がり、遠くに山並みが霞んでいる。
まるで地上のような風景――けれどこれはダンジョンが作り出した偽りの空。
「……きれい。でも、ここからは安全じゃない」
秘境の中からなら一方的に攻撃できたモンスターたち。
境界を越えた瞬間、彼らは私を“認識する”。
今まで安全に倒してきた敵が、今度は牙を剥いて襲い掛かってくるのだ。
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境界線は白い膜のように揺らめき、私を試すように目の前に立ちふさがっている。
フードを深く被り、口角をわずかに上げた。
「私は神崎麻桜、18歳。絶対に生きて帰る」
深く息を吸い込み、一歩を踏み出す。
光が頬を撫で、全身を包み込む。
背後の小屋も白い空も、すべてが遠ざかっていった。
こうして私は――四年間過ごした秘境を離れ、ダンジョン319階層の現実へ足を踏み入れた。