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覚悟と誓い(19)


 フードをふわりと深く被り直す。

 すると、さっきまで真っ赤になっていたアルザスの顔が一瞬で真剣さを取り戻した。


  「私は……白ですよ」


 ――が。


 麻桜がすっとフードを外すと、彼の顔は一転。目を輝かせ、驚きと喜びの混じった笑みが広がる。


 「……っ……」

 

 その変化があまりにも分かりやすくて、麻桜は思わず笑ってしまった。


 「ほら……」

 

 再びフードを被る。

 アルザスの顔が真顔に戻る。


 「ほら……っ」

 

 今度は脱いでみせる。

 途端にまた表情がぱぁっと明るくなり、瞳が輝きを増す。


 「……ふふ」

 

 何度か繰り返すうちに、麻桜は堪えきれず小さく吹き出した。

 

 「……アルさん、表情が分かりやす過ぎます」


 アルザスは耳まで赤くして視線を逸らした。

 

 「……そ、そうかな……?」


 冗談はそこで終わりにした。

 麻桜は深呼吸をして表情を整えると、少しだけ声を低めて切り出した。


 「――実は、秘境で新しいスキルを手に入れました」


 アルザスの瞳が静かに揺れる。

 

 「スキル……?」


 「はい。ユニークスキル――《クロック》」


 目を細め、麻桜は続けた。

 

 「……これは、“時間”を操るスキルです。対象の時間を進めたり、戻したり……ただし代償は重い。全魔力を使い果たすほどの負荷があります」


 空気が張り詰める。

 アルザスは思わず息を呑んだ。


 「……時間を……? そんなことできるんだ……」


 「私自身に使えば、五年後か、五年前の姿に変わることができます。あ、今は、5年後の姿です」


 言葉を聞いた瞬間、アルザスの瞳が大きく見開かれた。

 麻桜は視線を落とし、自分の手をじっと見つめながら呟く。


 「……制約も多い。万能ではありません。でも――もし必要な時が来たら……切り札になり得る」


 その声には冗談めいた色は消えていた。

 小悪魔のように笑っていた少女の表情は、次の瞬間には戦場を渡る者の真剣さに戻っていた。


 麻桜は指先を口元に添え、ふっと微笑んだ。


 「……たとえば、アルさんが気付かなかったように。この姿で周りを欺くとか。正体を隠すには、いいかもしれませんね」


 無意識の仕草だった。けれど、唇に触れる白い指先と伏せ目がちの表情は、艶やかさを帯びていて――アルザスの胸を強く打った。


 「……それは賛成だよ」

 

 彼は低く答え、黒曜石の瞳がわずかに揺れる。

 

 「正体を隠すなら、その姿が一番いい。……いや、それだけじゃない」


 小さく息を呑み、言葉を探すように目を逸らした。

 

 「……たとえ顔を見られたとしても、絶対にバレないと思う。それに……」


 視線が迷い、ほんの一瞬麻桜の横顔に触れる。

 

 「……理由は――かわいいからさ」


 声は小さく、震えていた。だが偽れない熱がそこにはあった。


 麻桜はスキルの使い道を考え込んでいたらしく、ふと小首を傾げる。

 

 「ん? 何か言いましたか?」


 無邪気な問いに、アルザスの顔が一瞬で赤くなる。

 慌てて胸に手を当て、わざと咳払いをしながら背筋を伸ばした。


 「い、いや! なんでもない! ……僕は、ただ……」


 妙にキリッとした顔で一礼し、力強く告げる。

 

 「失礼しました……改めて。君を“守る”と誓うよ」


 麻桜は一瞬きょとんとして、すぐに唇を押さえて笑いを堪えた。

 

 (……ほんと、めちゃくちゃ喋るし、表情もコロコロ変わる……)


 私は、フードを深く被り直す。わずかに楽しげに目を細めた。


「あっ!」


 思い出したように声をあげ、麻桜はフードの奥で口元を吊り上げた。

 黒曜石の瞳がこちらを見返すのを待って、わざとらしく一拍置く。


 「アルさん。……少し試したいことがあるんです」


 「ん? 試したいこと?」


 「もう一度――秘境に入れるか、試してもらってもいいですか?」


 その瞬間、アルザスの顔がぱっと輝いた。

 抑えきれない期待が表情に弾け、立ち上がった彼は少年のように声をあげる。


 「えっ!? 入れるの!? ホントにいいの? 待ってましたぁっ!」


 「ちょ、ちょっと……!」


 止める間もなく、アルザスは境界へ突進した。

 その勢いはまるで、今度こそは通れると信じ切っているかのようだった。


 ――しかし。


 ドゴンッ!!


 「ぶべらァッ!?」


 派手な音とともに弾き飛ばされ、後頭部を押さえて地面を転げるアルザス。

 余韻に響く呻き声が、静かな森にやけに間抜けに響いた。


 麻桜は額に手を当て、肩を落とす。


 「ひぇ……そんな勢いよく飛び込まなくても……」


 視線を向けると、アルザスは岩壁にもたれて体育座り。

 膝を抱え込み、額に赤い痕を浮かべながら、ぶすっとした顔で苔をつついている。


 (だめかぁ…… 秘境に入れるのは、発見した1人だけ? それとも、何か条件があるの?……それなら、もう一つ試してみよう)


 フードの奥で、麻桜の口元がわずかに笑みに歪んだ。麻桜はベルトに差した癒しの水ボトルを一本抜き、喉を潤す。

 ひと呼吸置いてから、秘境入口の岩壁にそっと手を添えた。


 冷たい岩肌の感触が掌を伝い――だが、そこには確かな“拒絶”があった。

 深く息を吐き、静かに口を開く。


 「……クロック」


 瞬間、体内の魔力が一気に吸い上げられ、視界が揺らぐ。

 全魔力が削り取られ、足元がふらりと揺れた。


 「っ……」


 咄嗟にもう一本、癒しの水を開けて口に運ぶ。

 温かな魔力が体に戻り、痺れた指先にじわじわと感覚が戻ってきた。


 (……やっぱり、変わった。間違いない……)


 確かな変化を覚えつつ、振り返る。

 岩壁にもたれ体育座りしていたアルザスに声をかけた。


 「アルさん、もう一度――試してみませんか」


 黒曜石の瞳がこちらを向き、眉がわずかに上がる。

 次の瞬間、彼はぷいと顔をそむけ、妙に澄ました声で答えた。


 「……僕はもう、そんな手には引っかからないから」


 「え?」


 「仮にも、ブラックランクと呼ばれるこの僕が――」

 

 指先で顎をなぞり、やけに真面目ぶった表情を作る。


 「何度も、バ、ハーニートラップに引っかかると思わないでほしい。ははっ」


 「…………」


 麻桜はフードの奥で思わず瞬きをした。

 (……いや、今のどこがハニートラップなんですか……?)


 口元を隠し、肩を震わせて笑いをこらえる。


  「そんなこと言わないで……」

 

 私は口元に笑みを浮かべ、片手を差し出した。


 「ほら、私の手に触れてみてください」


 その声に、アルザスは一瞬だけ目を瞬かせた。

 だが無言で立ち上がり、すっと私の隣に歩み寄る。

 黒曜石の瞳は真剣そのもので、ためらいなく手を伸ばしてきた。


 (……あ、本当に触るつもりなんだ)


 その瞬間、私はニヤリと口角を上げ――。


 「えいっ!」


 身をひらりとかわす。


 「ちょっ……し、白ちゃん!?」


 体勢を崩したアルザスの身体が、そのまま前へと傾く。

 次の瞬間――


 ゴォッ……


 秘境の入口が波紋のように揺れ、アルザスの姿を吸い込むように飲み込んだ。


 「手ぇ握りたかっ……うわぁぁぁっ!?」


 黒曜石の声が反響しながら、彼の影は光の中に沈んでいった。


 残された私は、フードの奥でくすりと笑いを漏らす。


 「……ふふ、検証成功っと」







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