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継続は力なりだよね⑤


 小屋の机に広げたノートのページは、あの日、巨大蛇を討伐した日から、100ページを軽く超える記録で埋まっていた。

 経験値、弱点、魔力の推移……そのすべてが、この半年の積み重ねだ。


 「現在魔力量:4320」


 数字を声にすれば、自分がどれほど歩んできたのかがはっきりと胸に響く。

 21ランクから22ランクへ上がるのに、推定で5千万近い経験値が必要だった。

 22から24へも同じように膨大な積み重ねがあった。

 そして今、私は――ランク24。


 「次で25。……もう、出るしかないよね」


 視線を机の端にやる。そこにはマジックポーチが置かれていた。

 ランダムBOX【虹】から出た奇跡の品。内部は3m四方の立方体。水に換算すれば27,000ℓもの容量を持つ。

 500本以上の癒しの水ボトルが収納されているのはもちろん、それに加えて、ちまちまと採った命の果実や、空のペットボトルやタンクを使って詰め替えた癒しの水も大量にストックしてある。


 「これなら……どれだけ戦っても、絶対に足りる」


 ポーチの中は、まるで小さな倉庫。ボトルとタンクなどが整然と並ぶ様子を思い浮かべるだけで、心が安定する。



 千里眼の視界に、黒鉄の巨体が現れた。

 森をなぎ倒し、草原を裂きながら進む巨大蛇。背を覆う鱗は鋼鉄の壁。

 だが私は知っている――ただ一点、後頭部の**逆鱗げきりん**こそ弱点。


 「これで決める」


 胸の奥に魔力をかき集める。

 通常の閻魔は魔力消費700。だが今回はさらに魔力を込める。


 「魔力消費:1000」

 「――黒炎閻魔、一式・改ッ!」


 世界が音を失い、光が飲み込まれる。

 漆黒の矢は矢ではなく、虚空を裂く裁断そのもの。

 放たれた瞬間、境界が揺らぎ、黒き線が走った。


 黒線は一直線に飛び、巨大蛇の逆鱗を撃ち抜く。


 ――静寂。


 頭部が虚空に呑まれ、巨体は崩れ落ち、大地が震えた。


 脳裏に数字が浮かぶ。


 獲得経験値:61万。

 現在ランク:25


 「……やった」


 全身を貫く膨張感。弱点を突けば、一撃で討伐できる。

 私は確信を得た。




 矢を放った姿勢のまま、私は息を吐いた。

 額から流れる汗は冷たいのに、胸の奥は燃えていた。


 「大丈夫……外でも戦える」


 白法のマントを翻し、口角をわずかに上げる。

 勝利の笑みではない。

 ――明日、秘境を出る。その決意を刻む表情。


 「……これでやっと」


 その声は白い空に吸い込まれ、夜は静かに更けていった。


巨大蛇を倒した日の夜。

 小屋に戻った私は、水を汲んだタライを両手で抱え、深く息をついた。


 「……明日には、ここを出るんだもん。ちゃんとしておかなくちゃ」


 戦いの熱に包まれた身体は、汗と焦げた匂いを帯びていた。

 私は靴を脱ぎ、マントをそっと畳み、インナーを胸元で押さえながら脱いでいく。

 冷たい空気に触れ、思わず肩をすくめた。


 タライに手を浸すと、清水はひんやりとして心地よい。

 タオルを濡らし、首筋から丁寧に拭っていく。白い肌に水滴が伝い、月のない白い空の光を反射してきらめいた。


 「……ふぅ、さっぱり」


 額の汗を拭うと、自然と笑みが零れた。

 戦いの最中はどうしても勇ましく振る舞ってしまうけど、こうして体を清めていると、自分が十八歳の女の子なんだと実感する。


 髪をほどき、指で梳かして水で整える。長い黒髪が背に貼りつき、ひんやりと重い。

 「明日はちゃんと結んで、可愛く見せようかな……なんて」

 そう呟くと、胸が少し温かくなった。外の世界で誰に会うかは分からない。けれど、普段のままで出ていくのは嫌だった。


 全身を清め終えると、私はシーツを広げ、ベッドに腰掛けた。

 窓の外の白い空を見上げながら、手を合わせる。


 「パパ、ママ……。麻桜、明日、外に出ます。ちゃんときれいにして、胸を張っていけるように祈っててね」


 小さな声が、静かな空に響いた。

 身体は軽く、心は晴れていた。

 これで、明日の一歩を踏み出せるような気がした。

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